軌跡と覚書

キリスト教に関する雑感とか。

「字義通りの解釈」についてのあれこれ(後編)

前回の記事↓の続きになります。 balien.hatenablog.com 前回は、「字義通りの解釈」は何を意味するコンセプトなのか?ということと、「字義通りの解釈」vs「比ゆ的/霊的解釈」という対立構造の問題について申し上げました。今回の「後編」では、この問題に…

「字義通りの解釈」についてのあれこれ(前編)

これまで本ブログでは、何度か「字義的解釈」あるいは「字義通りの解釈」という言葉を使ってきました。基本的には、英語圏での聖書解釈論に関する議論で使われるliteral interpretationといった言葉の訳語として使いました。いわば、ある解釈法則に貼られた…

私の読書(8)フルクテンバウム『イスラエル学』

Arnold G. Fruchtenbaum. Israelology: The Missing Link in Systematic Theology. Revised edition. Tustin, CA: Ariel Ministries, 1992.*1 これまでに読んだ本を取り上げて、その本にまつわる思い出を書き連ねていくこのシリーズ。久々に再開して扱いたい…

黙示録19:15とイエスによる諸国民の統治(Michael Vlach)

引き続き、マイケル・ヴラック(Michael Vlach)氏のブログ記事を拙訳でお送りしております。元記事はこちら↓ mikevlach.blogspot.jp Michael J. Vlach, "Revelation 19:15 and the Coming Reign of Jesus over the Nations," Apr. 17, 2017; accessed May 2…

黙示録20:4は「中間状態」について教えているのか?(Michael Vlach)

引き続き、マイケル・ヴラック(Michael Vlach)氏のブログ記事を拙訳でお送りしています。元記事はこちら↓ mikevlach.blogspot.jp Michael J. Vlach, "Does Revelation 20:4 Teach an Intermediate State Reign of the Saints in Heaven?," Apr. 4, 2017; a…

レビ18:5「人がそれらを行うなら、それらによって生きる」の意味(Michael Vlach)

またまたマイケル・ヴラック(Michael Vlach)氏の翻訳記事です。元記事はこちら↓ mikevlach.blogspot.jp Michael J. Vlach, "'By Which a Man May Live': The Meaning of Leviticus 18:5," Feb. 3, 2018; accessed May 16, 2018. さて、本文のご紹介の前に…

ディスペンセーション主義における旧新約間の「連続性」と「非連続性」:まとめ

本稿は米国The Master's Seminaryの神学教授、マイケル・J・ヴラック(Michael J. Vlach)氏のブログからの翻訳記事です。元記事はこちら↓ mikevlach.blogspot.jp また、本稿は先の2つのポスト↓の要約となっています。 balien.hatenablog.com balien.hatenab…

ディスペンセーション主義から見た旧新約聖書の「非連続性」(Michael Vlach)

本稿は米国The Master's Seminaryの神学教授、マイケル・J・ヴラック(Michael J. Vlach)氏のブログからの翻訳記事です。元記事はこちら↓ mikevlach.blogspot.jp また、先のポスト↓の続きとなっています。 balien.hatenablog.com なお、同様な内容は(一部…

ディスペンセーション主義から見た旧新約聖書の「連続性」(Michael Vlach)

クリスチャンのブロガーさんの中には、ディスペンセーション主義の視点を提供しているサイトとして本ブログの「ディスペンセーション主義について」のカテゴリページや各記事をご紹介下さっている方々がいらっしゃいます。この場をお借りして、心より感謝申…

「ヘブル的視点」についてのあれこれ(後編)

以下の記事の続きとなります。 balien.hatenablog.com balien.hatenablog.com 前回、前々回では、以下のことを申し上げました。 「ヘブル的視点」とは、聖書のテキストを、書かれた当時の時代背景を考慮し、著者の意図通りに読んでいこうとする視点である。 …

「ヘブル的視点」についてのあれこれ(中編)

以下の記事の続きになります。 balien.hatenablog.com 前編では、主に「ヘブル的視点」の定義と「ヘブル的視点」と聖書解釈の伝統について、以下のことを簡単に申し上げました。 「ヘブル的視点」とは、聖書のテキストを、書かれた当時の時代背景を考慮し、…

「ヘブル的視点」についてのあれこれ(前編)

はじめに このブログをお読みいただいている皆様は、「ヘブル的視点」、あるいは「ユダヤ的視点」という言葉を使って聖書を読もう、というような言葉を聞いたことがございますでしょうか。私はここ最近、交わりの中で、立て続けに「『ヘブル的視点』ってよく…

「ディスペンセーション主義」という名前への違和感

久々に、ディスペンセーション主義についての記事です。本ブログにて「ディスペンセーション主義とは何か?」シリーズを公開してから、2年が過ぎました。 今でもこの神学的立場には関心を持ち続けていて、これを取り上げている本や論文、Webサイトを見つける…

メシアニック・ジュー運動に関する参考文献紹介

「メシアニック・ジュー運動」(Messianic Jewish Movement)はキリスト教界全体をリードする運動ではない。しかし、キリスト教界において「メシアニック・ジュー」たちの存在感は日に日に大きくなっている。近年では聖書神学の分野における彼らの貢献も目立…

イスラエル聖書大学の講師らによる著書が発売されました

"Reading Moses - Seeing Jesus" (Book) 本ブログでは以前「イスラエルにとって本当に必要なもの」と題して、ONE FOR ISRAELメディア宣教部門ディレクターであるエイタン・バール(Eitan Bar)氏の記事をご紹介しました。ONE FOR ISRAELはイスラエルに拠点を…

2018年に読みたい本リスト

前回、前々回の記事で2017年分は締め括りにしようと思っていたのですが、今夜が思っていた以上に暇で、かつ大掃除をする気力も起こらず(夜中だしね、掃除機とかうるさくて迷惑だから!)。 で、前回の記事で問題にしたことに取り組み始めようかと本棚を物色…

患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題

今年考えたことは今年のうちに言葉に残して、来年考えるテーマとしたい。 昨夜アップした記事は文学に焦点を絞ったものでしたが、今回は神学、それも、このブログで幾度も取り上げてきた終末論に関するテーマです。 一昨年投稿した「終末論についての覚書」…

三浦綾子と「あかしの文学」について

2017年もあっという間にクリスマスが過ぎ、気づけば本当に残り僅かとなりました。今年考えたことは今年のうちに言葉にしておいて、来年考えるテーマとしたい。そんなことを考えつつ、思い出すのはやっぱり聖書と文学を学ぶ中で浮かんできた問題。文学につい…

終末論と聖書預言に関する参考文献:目次

クリスマスおめでとうございます! と言いながら、クリスマスと全く関係ない記事であれですけど。 今回は、今のところ千年期前再臨説(premillennialism)と患難期前携挙説(pretribulationism)に立っている筆者から見た、終末論と聖書預言に関するおすすめ…

終末論と聖書預言に関する参考文献(5)終末預言

トピック エゼキエル書38–39章 七十週の預言(ダニエル書9章24–27節) その他終末預言関係

終末論と聖書預言に関する参考文献(4)イスラエル論

Arnold G. Fruchtenbaum. Israelology: The Missing Link in Systematic Theology. Revised edition. Tustin, CA: Ariel Ministries, 1992. Michael Vlach曰く、「イスラエルの過去、現在、将来を扱った出版物の中では最高の本」。 John H. Sailhamer. The P…

終末論と聖書預言に関する参考文献(3)携挙論

Gleason L. Archer, Jr., ed. Three Views on the Rapture: Pre-, Mid-, or Post-Tribulation. Grand Rapids, MI: Zondervan, 1996[1984]. 安心と信頼の実績、ZondervanのCounterpointsシリーズ! Alan Hultberg, ed. Three Views on the Rapture: Pretribul…

終末論と聖書預言に関する参考文献(2)千年王国論

John MacArthur and Richard Mayhue, eds. Christ’s Prophetic Plans: A Futuristic Premillennial Primer. Chicago: Moody Publishers, 2012. 千年期前再臨説といっても、この立場の間では歴史的千年期前再臨説(Historic Pre-millennialism)とディスペン…

終末論と聖書預言に関する参考文献(1)解釈論

聖書神学舎教師会編『聖書信仰とその諸問題』(いのちのことば社、2017年) 福音主義の保守的聖書信仰(いわゆる聖書の「無誤性」を信じる立場)の再主張となっている本。 D.A. Carson, ed. The Enduring Authority of the Christian Scriptures. Grand Rapi…

私の読書(7)山本健吉『正宗白鳥─その底にあるもの─』

こんなブログでも、閲覧してくださる方々がいらっしゃるのは、本当に有り難いことだ。当ブログのアクセス解析を覗いてみると、最もアクセス数が多いのは「遠藤周作の『沈黙』について」で、その後にはイスラエル、聖書信仰、ディスペンセーション主義に関す…

私の読書(6)正宗白鳥『内村鑑三─如何に生くべきか─』

正宗白鳥『内村鑑三・我が生涯と文学』(講談社、1994年) この前は若きキリスト者学生会主事らによる『生き方の問題なんだ。』を取り上げたが、訳あって正宗白鳥という作家の紹介から記事を始めた。最後の方でも白鳥に言及した。そうした訳のひとつは、白鳥…

私の読書(5)大嶋重徳ほか『生き方の問題なんだ。』

大嶋重徳・桑島みくに・佐藤勇・吉村直人『生き方の問題なんだ。』(いのちのことば社、2017年) 今はもうあまり読まれなくなっているのかもしれないが、正宗白鳥という作家がいる。小説家でもあったが、むしろ批評家・評論家としての評価が高い作家である。…

私の読書(4)内村鑑三の著作色々

私の地元である群馬県には「上毛かるた」という郷土かるたがある。このかるたの読み句を見ていくと、内村鑑三と新島襄という、明治期の有名なクリスチャンが2人登場している。試しに、群馬出身のクリスチャンに「上毛かるたの『こ』って何?」「『へ』って何…

私の読書(3)遠藤周作『狐狸庵読書術』

遠藤周作『狐狸庵読書術』(河出文庫、2007年) この間、友人たちと「何か熱中できる趣味があるか」という話題で盛り上がった。自分について考えてみると、たとえばギターを弾くことが好きだが、最近は中々取り組めていない。手をつければ必ず熱中できるとい…

私の読書(2)ドストエフスキー『悪霊』

ドストエフスキー『悪霊』上下巻、江川卓訳(新潮文庫、2004年改版) 前回、文学の勉強から学ぼうとしていることは、組織神学の「人間論」や「罪論」と関係しているのだと書いた。明治から昭和にかけての幾つかの文芸作品は、著者が信者ではないにしてもキリ…