軌跡と覚書

神学と文学を追いかけて

メシアニック・ジュー運動に関する参考文献紹介

「メシアニック・ジュー運動」(Messianic Jewish Movement)はキリスト教界全体をリードする運動ではない。しかし、キリスト教界において「メシアニック・ジュー」たちの存在感は日に日に大きくなっている。近年では聖書神学の分野における彼らの貢献も目立ってきてはいるが(以下の「聖書─神学的文献」を参照)、特に注目すべきはユダヤ人伝道における彼らの役割の大きさであろう。

また、日本でもたとえばローザンヌユダヤ人伝道協議会(LCJE)日本支部の協賛団体などによって、「メシアニック・ジュー」の視点を活用した聖書研究が提唱されている。たとえば、ハーベスト・タイム・ミニストリーズが提唱する「ユダヤ的/ヘブル的視点による聖書解釈」はその一例である。

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こうした「メシアニック・ジューの視点」(Messianic Jewish perspectives)による聖書釈義は日本の福音派クリスチャンたちの間で論争の種になることも多い。したがって、もし私たちが「メシアニック・ジューの視点」について何らかの問題意識を持つならば、その視点を活用することに賛同するのであれ反対するのであれ、メシアニック・ジュー運動そのものについても考えていくことは大いに有益である。

本稿はメシアニック・ジュー運動について考えるための参考文献を紹介することを目的としているが、ここで簡単にではあるが、「メシアニック・ジュー」なる人々の定義についての一考察を試みたい。米国のユダヤ人宣教団体アリエル・ミニストリーズの創設者であるアーノルド・フルクテンバウムは、自らを「メシアニック・ジュー」として認めているユダヤ人信者である。彼は「メシアニック・ジュー」の定義は「イェシュア(イエス)を自分のメシアとして受け入れたユダヤ人」であり、さらに詳しくは「メシアニック・ジューは、信仰の上ではユダヤ人と異邦人を区別せず、イェシュア(イエス)にある他の信者と同じ立場に自分を置くが、民族的には自分はユダヤ民族に属すると自覚している人々である」と述べている*1

しかし、民族的にユダヤ人であると自覚しているクリスチャンが皆、自らを「メシアニック・ジュー」に位置付けているわけではない。この問題について、メシアニック・ジュー運動の中で影響力を持つ指導者であるデヴィッド・スターンは、「メシアニック・ジュー」はイェシュアをメシアとして受け入れたユダヤ人の中でも「トーラーの枠組みの中で……ユダヤ的ライフスタイルを露にしている」者のみを指すという、狭義の定義を提示している*2。したがって、「キリスト教会において自身を異邦人化している」ユダヤ人信者や、「ユダヤ性を隠している」ユダヤ人信者については、スターンにとって"sub-Messianic Jewish positions"として位置付けられている*3

しかしながら、スターンの定義はいくつかの問題を孕んでいる。たとえば、「トーラーの枠組み」における「ユダヤ的ライフスタイル」という言葉の意味範囲は曖昧であり、イェシュアをメシアとして信じるユダヤ人のうち誰を「メシアニック・ジュー」と定義するかの指標としては不十分であると考えられる。彼は「トーラーの枠組み」という言葉を用いているが*4、トーラーの遵守や意義を巡っては「メシアニック・ジュー」を自認する人々の間でも見解が分かれている*5。スターンが言うところの「ユダヤ的ライフスタイル」には伝統的ユダヤ文化が概念として想定されているものと考えられるが、この文化はモーセの律法と密接な関係を持っているため、イェシュアを信じるユダヤ人としてこの文化をどれほど継続して受容していくかということについても見解が分かれている。

したがって、フルクテンバウムによる定義は「メシアニック・ジュー」という存在を定義づけるには意味範囲が広すぎ、スターンによる狭義の定義もまた曖昧さを含む不十分なものであるということができるだろう。

このように、メシアニック・ジュー運動については内部者である「メシアニック・ジュー」という存在の定義自体が流動的で議論を呼ぶ類のものになっており、この運動を単独で分析していくことは容易ではないということがわかる。

なお、本稿では十分な検討がなされていないため、「メシアニック・ジュー」の具体的定義を提示することはできない。よって、イェシュアをメシアとして信じるユダヤ人のうち、自らを「メシアニック・ジュー」に位置付けているか否かという彼らの自己認識自体が、彼らを「メシアニック・ジュー」として扱うかどうかの判断基準となっている。循環論法を含んだ便宜的基準ではあるが、ご了承頂きたい。

さらにメシアニック・ジュー運動については、これを現代の運動と見た場合でも、本格化した1970年代からは既に約40年が経過している。この運動には先述の「メシアニック・ジュー」の定義以外にも様々な問題があり、これを「メシアニック・ジュー運動」と一括りにしてしまうには抵抗を感じるほどに、この内部における思想や動きは多様で複雑になってきている。よって、「メシアニック・ジューの視点」というものは、最早容易に記述することは困難になり始めているのであり、丁寧な研究と慎重な議論が求められる段階に突入していると考えてもよいだろう。

しかし、メシアニック・ジュー運動について日本語で読むことができる文献は限られている。インターネット上で簡単にアクセスすることのできるものとしては、LCJE日本支部のニュースレターや、シオンとの架け橋とシオンの喜び(現日之出キリスト教会)の共同運営による「メシアニック運動情報サイト」が挙げられるだろう。

↓LCJE日本支部ニュースレター
http://lcjejapan.com/internetnews.html

↓メシアニック運動情報サイト
http://www.messianic.jp/

特に「メシアニック運動情報サイト」における「ユダヤ人問題・メシアニック運動関連書籍紹介」は貴重な情報源だが、日本語のものしか紹介されていない。また、現在サイトの更新そのものが停止中のようである。この運動についての文献は当然ながら英語のものが圧倒的に多いが、本稿でまずはせめて文献目録だけでも紹介させていただきたいと思っている。

文献は、以下の項目に分けてご紹介したい。

ここで2点ほど補足させていただきたい。「1.組織神学」で紹介しているのは「メシアニック・ジュー」による組織神学書ではない。メシアニック・ジュー運動の動き(内部の組織的運動、また運動による宣教活動など)の組織神学的分析を試みるならば、たとえば教会論が大きく関わってくる。教会論そのものを知るには、福音主義キリスト教の組織神学は貴重なリソースである。福音主義は西欧キリスト教に端を発する運動であるとはいえ、聖書に立ち返ることを謳っているからだ。その莫大な遺産を無視することは、メシアニック・ジュー運動の調査・検討においても有益とは言えまい。

次に、「3.聖書─神学的文献」についてである。「メシアニック・ジュー」自身による聖書注解、聖書神学的議論などを見ることは、彼ら自身の聖書観や聖書釈義に触れることであり、この運動について考える上でも有益であると考えられる。

なお、メシアニック・ジュー運動に関連するテーマを扱っている定期刊行誌としては、エルサレムのCaspari Center発行のMishkan、米国First Fruits of Zion発行のMessiah MagazineMessiah Journal などが挙げられる。

Mishkan
https://www.caspari.com/mishkan/

Messiah Magazine
https://ffoz.org/messiah/magazine/

Messiah Journal
https://ffoz.org/messiah/journal/

また、「メシアニック・ジューの視点」による新約聖書研究を主に扱った文献目録としては、Webページ「MJ Studies: A Gateway to Post-Supersessionist New Testament Scholarship」を参照のこと。

www.mjstudies.com

本稿では基本的に私自身が目を通した文献しか紹介できていないため、その点についてはご了承いただきたい。今後も調査を続けていく中で追加していければと思っているところだが、他にも良い文献をご存知の方がおられれば、ご教授いただければ幸いである。

なお、下記目録の太字部分は個人的に特におすすめしたい文献を示している。

1.組織神学

Grudem, Wayne. Systematic Theology: An Introduction to Biblical Doctrine. Grand Rapids, MI: Zondervan, 1994.

MacArthur, John and Richard Mayhue, eds. Biblical Doctrine: A Systematic Summary of Bible Truth. Wheaton, IL: Crossway, 2017.

エリクソン、ミラード・J『キリスト教神学』全4巻、宇田進監修、安黒務・伊藤淑美・森谷正志共訳(いのちのことば社、2003–2006年)

マクグラス、A・E『キリスト教神学入門』神代真砂実約(教文館、2002年)

2.メシアニック・ジュー運動の概論、総論、歴史

Cohn-Sherbok, Dan. Messianic Judaism. London: Cassell, 2000.
(※ ユダヤ教改革派のラビによる著書である。)

________, ed. Voices of Messianic Judaism: Confronting Critical Issues Facing a Maturing Movement. Clarksville, MD: Lederer Books, 2001.
(※ 前掲書著者の編書であり、聖書観、家族観、終末観などのテーマについてメシアニック・ジューによる多様な主張がなされている。)

Goldberg, Louis, ed. How Jewish is Christianity?: 2 Views on the Messianic Movement. Grand Rapids, MI: Zondervan, 2003.

Harris-Shaprio, Carol. Messianic Judaism: A Rabbi's Journey Through Religious Change in America. Boston: Beacon, 2000.
(※ ユダヤ教再建派〔Reconstructionist〕のラビによるメシアニック・ジュー運動の観察と考察が述べられている。)

Harvey, Richard. Mapping Messianic Jewish Theology: A Constructive Approach. Carlisle: Paternoster, 2009.

Rausch, David A. Messianic Judaism: Its History, Theology and Polity. New York: Edwin Mellen, 1982.

Rudolph, David and Joel Willitts, eds. Introduction to Messianic Judaism: Its Ecclesial Context and Biblical Foundations. Grand Rapids, MI: Zondervan, 2013.

Schonfield, Hugh J. The History of Jewish Christianity: From the First to the Twentieth Century. London: Duckworth, 1936.

Stern, David H. Messianic Judaism: A Modern Movement With an Ancient Past. Clarksville, MD: Lederer Books, 2007.

ジャスター、ダニエル『メシアニック・ジュダイズム──基礎と視点』行澤一人監訳(マルコーシュ・パブリケーション、2004年)

スターン、デイビッド『福音とユダヤ性の回復』横山隆訳(マルコーシュ・パブリケーション、1995年)

中川健一『エルサレムの平和のために祈れ──続・ユダヤ入門──』(ハーベスト・タイム・ミニストリーズ出版部、1993年)

フルクテンバウム、アーノルド『ヘブル的キリスト教入門──メシアニック・ジューの歴史、神学、哲学から学ぶ』佐野剛史訳(ハーベスト・タイム・ミニストリーズ出版部、2016年)

3.聖書─神学的文献

※ たとえば故チャールズ・ファインバーグやブルース・ウォルトキは著名なユダヤ人のキリスト教神学者であり、数多くの神学書、論文、注解書を書いているが、彼らは自らをメシアニック・ジュー運動の中に位置付けていたわけではない.したがって、ここでは彼らのような人々の著作については割愛し、自身をメシアニック・ジュー運動の中に位置付けている人々の著作のみを対象としている.

Brown, Michael L. "Jeremiah." In The Expositor's Bible Commentary: Jeremiah, Lamentations. Edited by Tremper Longman III and David E. Garland, Kindle locations 1720–17874. Grand Rapids, MI: Zondervan, 2017.

Fruchtenbaum, Arnold G. Yeshua: The Life of the Messiah from a Messianic Jewish Perspective. 4 Vols. San Antonio, TX: Ariel Ministries, 2016–2017.

________. Biblical Lovemaking: A Study of the Song of Solomon. Ebook edition. San Antonio, TX: Ariel Ministries, 2013.

________. The Book of Genesis: Exposition from a Messianic Jewish Perspective. In Ariel's Bible Commentary. San Antonio, TX: Ariel Ministries, 2008.

________. The Books of Judges and Ruth: Exposition from a Messianic Jewish Perspective. In Ariel's Bible Commentary. San Antonio, TX: Ariel Ministries, 2007.

________. The Messianic Jewish Epistles: Hebrews-James-I & II Peter-Jude: Exposition from a Messianic Jewish Perspective. In Ariel's Bible Commentary. San Antonio, TX: Ariel Ministries, 2005.

________. The Footsteps of the Messiah: A Study of the Sequence of Prophetic Events. Revised edition. San Antonio, TX: Ariel Ministries, 2003.

________. Israelology: The Missing Link in Systematic Theology. Revised edition. Tustin, CA: Ariel Ministries, 1992.

________. Jesus Was a Jew. Tustin, CA: Ariel Ministries, 1989.

Goldberg, Louis. Leviticus: Bible Study Commentary. Grand Rapids, MI: Zondervan, 1980.

Hill, Richard. Freedom in Messiah: A Messianic Jewish Roots Commentary on the Book of Galatians. Las Vegas, NV: S-E-L-F Publishing, 2015.

Lacaster, D. Thomas. Restoration: Returning the Torah of Moses to the Disciples of Jesus. 4th edition. Marshfield, MO: First Fruits of Zion, 2015.
(※ Lacaster自身は異邦人であるが、本書の内容は「トーラーの遵守」を謳うメシアニック・ジューたちの主張に沿ったものである。また出版元のFirst Fruits of Zionは、メシアニック・ジューの視点による聖書研究資料・教材等を発信することを目的とした団体である。)

Liebi, Roger. The Messiah in the Temple: The Symbolism and Significance of the Second Temple in Light of the New Testament. Translated by Timothy Capes. Postfach, Düsseldorf: Christlicher Medien-Vertrieb, 2012.

Metzger, John B. Discovering the Mystery of the Unity of God. San Antonio, TX: Ariel Ministries, 2011.

Postel, Seth D., Eitan Bar, and Erez Soref. Reading Moses, Seeing Jesus: How the Torah Fulfills Its Goal in Yeshua. Wooster, OH: Weaver, 2017.

Postel, Seth D. Adam as Israel: Genesis 1–3 as the Introduction to the Torah and Tanakh. Eugene, OR: Wipf and Stock, 2011.

Rydelnik, Michael. The Messianic Hope: Is the Hebrew Bible Really Messianic? In NAC Studies in Bible & Theology. Nashville, TN: B&H, 2010.

________. "Daniel." In The Moody Bible Commentary. Edited by Michael Rydelnik and Michael Vanlaningham, 1279–1313. Chicago: Moody, 2014.

________. "Joel." In The Moody Bible Commentary, 1331–39.

________. "Habakkuk." In The Moody Bible Commentary, 1387–95.

________ and James Spencer. "Isaiah." In The Moody Bible Commentary, 1005–1102.

Stern, David H. Jewish New Testament Commentary. Clarksville, MD: Jewish New Testament Publications, 1992.

シュラム、ヨセフ『神・イスラエル・教会─主の家に植えられて─』石井田直二監訳(イーグレープ、2012年)

________『隠された宝─イエス使徒たちが用いたユダヤ的聖書解釈法─』石川田直二監訳(イーグレープ、2009年)

4.定期刊行誌の論文

Fruchtenbaum, Arnold G. "The Quest for a Messianic Theology." Mishkan 2 (1985): 1–17.

Harvey, Richard. "In Search of Messianic Jewish Theology." Mishkan 57 (2008): 7–10.

Juster, Daniel C. "Covenant and Dispensation: Toward a Messianic Jewish Perspective." Mishkan 2 (1985): 24–41.

McKnight, Scot and R. Boaz Johnson. "From Tel Aviv to Nazareth: Why Jews Become Messianic Jews." Journal of the Evangelical Theological Society 48(4) (December 2005): 771–800.

Rudolph, David J. "Messianic Jews and Christian Theology: Restoring an Historical Voice to the Contemporary Discussion." Pro Ecclesia 14(1) (Winter 2005): 58–84.

Varner, William C. "Do We Need Messianic Synagogues? Biblical, Historic, and Pragmatic Issues." The Master's Seminary Journal 14(1) (Spring 2003): 47–62.
(※ How Jewish is Christianity?: 2 Views on the Messianic Movement に掲載されている同著者による論文"Messianic Congregations Are Not Necessary"の補足版である。なお、Vernerはユダヤ人ではない。)

5.その他形式の文献・資料

LCJE日本支部『LCJE JAPAN ジャーナル』Vol. 1、中川健一監修、佐野剛史翻訳(2009年10月)

ゴールドシュタイン、エフライム「エルサレムへの帰還」佐野剛史訳(2018年2月17日閲覧)

ソレフ、エレズ「イスラエルのメシアニック・ジュー運動」第3回再臨待望聖会配布資料(ハーベスト・タイム・ミニストリーズ、2012年)19–28頁(2018年2月17日閲覧)

バール、エイタン「インターネット時代のユダヤ人伝道」第8回再臨待望聖会配布資料(ハーベスト・タイム・ミニストリーズ、2017年)3–11頁(2018年2月17日閲覧)

*1:アーノルド・フルクテンバウム『ヘブル的キリスト教入門──メシアニック・ジューの歴史、神学、哲学から学ぶ』佐野剛史訳(ハーベスト・タイム・ミニストリーズ出版部、2016年)16頁。

*2:David H. Stern, Messianic Judaism: A Modern Movement With an Ancient Past (Clarksville, MD: Lederer Books, 2007), 20.

*3:Ibid., 22–23.

*4:トーラーはモーセ五書(創世記〜申命記)を指す言葉だが、ここでのスターンの言及は、モーセの律法へのものであると考えて差し支えないだろう。

*5:フルクテンバウム、99–113頁;Stern, 125–87; Seth D. Postel, Eitan Bar, and Erez Soref, Reading Moses, Seeing Jesus: How the Torah Fulfills Its Goal in Yeshua (Wooster, OH: Weaver Book Co., 2017); Doug Friedman, "The Mosaic Law: A New Perspective on an Old Probrem," Ariel Ministries Magazine 26 (Winter 2016): 8–11.