軌跡と覚書

神学と文学を追いかけて

創世記

創世記1:2のトーフー・ワ・ボーフー

前回:創世記1:2の世界と「混沌」 前回、創世記1:2で地に使われているヘブル語表現「トーフー・ワ・ボーフー」を訳す際に「混沌」という言葉や概念を用いることは、英語・日本語ともに標準的な翻訳聖書では特殊な事例であることを確認しました。 今回はより…

創世記1:2の世界と「混沌」

前回:創世記1:2の動詞ハイェターについて ソフト・ギャップ・セオリーを除くすべてのギャップ・セオリーでは、2節における地の描写──新改訳で「茫漠として何もなく」、共同訳で「混沌として」と訳されているヘブル語表現トーフー・ワ・ボーフーが、神のさば…

創世記1:2の動詞ハイェターについて

前回:創世記1:1の「天と地」の意味 これまでは一部を除いて創世記1:1に着目してきましたが、ギャップ・セオリーを検証する際の最重要課題であると言っても過言ではないのが2節の釈義です。 実際に、古典的ギャップ・セオリーを最も詳細に論じているとされて…

創世記1:1の「天と地」の意味

前回:創世記1:1〜3の構成 前回は創世記1:1〜3の構成に触れ、創世記1:1は「天と地の創造」という、創造の六日間における最初の出来事を示しているという結論をご紹介しました。 今回は創世記1:1の「天と地」という表現に注目していきましょう。 世界/宇宙全…

創世記1:1〜3の構成

前回:創造前カオス・ギャップ・セオリー 今回からは、創世記1:1–3を見ていきながら、ギャップ・セオリーを検証していきたいと思います。 創世記1:1–3のヘブル語本文では、各節が次のように始まっています。 1節:時点を示す「はじめに」(ベレーシート)+…

創造前カオス・ギャップ・セオリー

前回:修正ギャップ・セオリーとソフト・ギャップ・セオリー 今回は次回に引き続き、ギャップ・セオリーのバリエーションをご紹介します。今回取り上げるのは、おそらく創世記1章の解釈で最も支持を得ている見解である「創造前カオス説」と組み合わされたギ…

修正ギャップ・セオリーとソフト・ギャップ・セオリー

前回:古典的ギャップ・セオリーへの反論 前回までは古典的ギャップ・セオリーの歴史とその見解に対する批判について、大まかに確認してきました。現在、古典的ギャップ・セオリーが主張されることは(少なくとも学術的には)ほとんどありません。しかし多く…

古典的ギャップ・セオリーへの反論

前回:ギャップ・セオリーの広まり ディスペンセーション主義者による反論 「若い地球説」を支持する創造論者による反論 ディスペンセーション主義者による反論 前回ご紹介したように、トマス・チャーマーズが説いたような古典的ギャップ・セオリーはG・H…

ギャップ・セオリーの広まり

前回:創世記1:1–2のギャップ・セオリーについて ギャップ・セオリーは伝統的見解か? ギャップ・セオリーの普及 テキストの釈義による古典的ギャップ・セオリーの主張

創世記1:1–2のギャップ・セオリーについて

創世記1:1–2を解釈する上で、「ギャップ・セオリー」という見解があるのをご存じでしょうか。 これからしばらく、その「ギャップ・セオリー」という説を再考していくシリーズを続けていきたいと思います。 前書き ギャップ・セオリーとは何か