軌跡と覚書

神学と文学を追いかけて

ヨハネの手紙第一 覚書き(3)手紙の主題と構成

ヨハネの手紙第一を学んでおりまして、私個人のノートをそのまんま公開しております。(↓前回)

balien.hatenablog.com

トピック

はじめに(続き)

C.手紙の主題

 B.において考察した内容から、この手紙は異端者への反論、そして異端者が引き起こした問題に悩まされる信者たちを励ますために書かれたということが推測される。そして、信者たちへの励ましは、救いの確信を提示することによってなされている。
 ヨハネが手紙を通して示す救い(永遠のいのちを持っていること)の確信は「三つの基本的検証」によって提示されている。ストットはその検証は以下の3つであるとしている*1

  1. 神学的検証
  2. 道徳的検証
  3. 社会的検証

第一に、神学的検証とは「イエスを『神の子』(Iヨハネ3・23、5・5、10、13)であると信じているか、キリストが『人となって来た』(Iヨハネ4・2、IIヨハネ7)ことを信じているかどうか」ということの検証である。
 第二に、道徳的検証とは「正しいことを行い、神の戒めを守っているかどうか」ということの検証である。
 第三に、社会的検証とは「互いに愛し合っているかどうか」についての検証である。
 以上より、第一の手紙では御子イエスの受肉の教理、義の行い、愛の実践といった事柄(これらの事柄は、ヨハネが手紙の中で強調しているものとしてB.2.で指摘したものである)についての検証が行われ、それによって救いの確信が提示されていると言うことができる。さらに、3つの検証は「相互に密接な関係があ」る*2。それは、以下に示す手紙自体の大まかな構成からも見てとることができる(詳細はD.手紙の構成を参照)。

  • 3つの検証が展開される(2:3–29)。
  • それらの詳論が述べられる(3:1–4:6)。
  • それらの検証で述べられた救いの確信が統合される(4:7–5:5)。

 また、Sauerが指摘しているように、この手紙の中には「知る」という言葉が繰り返し(Sauerによれば37回)登場している*3。詳細は本論において随時取り上げていくことになるが、信者はキリストについて、救いについて、永遠のいのちについて既に「知っている」というのである。したがって、Sauerは「第一ヨハネは確信の書である」と述べている。
 以上のことから、ヨハネはこの手紙において、まず信者であれば既に「知っている」真理を宣言し、次に読者たちがそれを「知っている」ことを3つの検証によって確認させ、そして彼らが救われているという確信を(改めて)得させようとしているのである。

D.手紙の構成

 この手紙のテキストは、神学論文のように推敲を重ねて論理的に組み上げられたようなものではないという印象を受ける。全体的には主題に沿った内容が流れるように発せられているのであるが、テキスト自体を分析しようとすると、その構造が入り組んでおり、内容を簡単に分割できるようなものではない。
 Barkerは3人の注解者(R. Law、P. R. Jones、I. H. Marshall)がこの手紙の構造をどのように捉えているかを紹介している*4。彼によれば、LawおよびJonesではこの手紙が「非常によく構造化されたもの」と捉えている。Lawは、手紙の構造が「螺旋状」であるとしている*5。彼によれば、3つの検証は3つの段階(2:3–28;2:29–4:6;4:7–5:21)で循環しており、それによって「読者は自身のクリスチャン生活に義、愛、そして信仰のテストを取り入れるように命じられている」*6。一方で、Marshallにおいては「[手紙の構造は]論理的計画よりも、思いつきからの連想により支配されている」と考えられている。
 Barker自身は、手紙の構造と著者の構想について以下のように記している。

この手紙の著者はある程度の構造に基づいて取り組んでいるが、それに縛られてはいない。彼は[構造における主題に]重なる点がある別のテーマを導入するために、しばしばその構造から離れようとしている。*7

 この手紙には確かにある程度の構造上の区分(たとえば、Lawが指摘しているような)が見えながらも、それらの区分においては挿入節的な内容が本筋の内容と入り組んでおり、明確な分割は難しい*8。したがって、この手紙のテキストに対して、アウトラインの役割には限界があると言える。それでも、手紙を読み、学ぶ上での指標としてアウトラインが果たすことのできる役割は大きい。ここでは、Law、ストット*9、Sauer*10を参考に、以下のようなアウトラインを示す*11。ただし、繰り返すが、この手紙のテキストは全体的に流れるように連続している。それ故に、アウトラインに沿って聖書研究を進めつつも、その内容が連続していることを忘れてはならない。このようなことは聖書のどの書についてもある程度言えることではあるが、ヨハネの手紙第一のようなテキストについては殊更強調されるべきだろう。

アウトライン

序論(1:1–4)

§1 キリストのメッセージの本質(1:5–2:2)

  1. キリストのメッセージの要約(1:5)
  2. 闇の中を歩みつつ神との交わりを保つことはできない(1:6–7)
  3. 罪の性質の否認は偽りである(1:8–9)
  4. 罪を犯したことがないという偽りの主張(1:10)
  5. 罪に対する正しい認識(2:1–2)

§2 救いに関する3つの検証(2:3–29)

  1. 道徳的検証:従順(2:3–6)
  2. 社会的検証:愛(2:7–17)
  3. 神学的検証:御子への信仰(2:18–29)

§3 3つの検証の詳論(3:1–4:6)

  1. 道徳的検証:義の実践(3:1–10)
  2. 社会的検証:兄弟への愛の実践(3:11–24)
  3. 神学的検証:知識に基づく洞察の実践(4:1–6)

§4 3つの検証の統合(4:7–5:5)

  1. 社会的検証のさらなる詳論:愛の実践の仕組(4:7–12)
  2. 社会的検証と神学的検証の統合:御子への信仰と愛の実践(4:13–21)
  3. 3つの検証の統合:信仰・従順・愛(5:1–5)

§5 御子に関する証言と救いの確信(5:6–13)

  1. 受肉を証言する3つのもの(5:6–10)
  2. 証言に基づく救いの確信(5:11–12)

結論(5:13–21)

  1. 確信の祈りへの適用(5:13–17)
  2. 確信に基づく奨励(5:18–21)

*1:ジョン・R・W・ストット『ティンデル聖書注解 ヨハネの手紙』千田俊昭訳(いのちのことば社、2007年)59–60頁;ストットのこの考えは、手紙の構造に関するLawの研究に基づいている(Robert Law, The Tests of Life: A Study of the First Epistle of St. John (Edinburgh: T. & T. Clark, 1909) 5-7)。Cf. Ronald Sauer, "1 John," The Moody Bible Commentary, Michael Rydelnik and Michael Vanlaningham, eds. (Chicago, IL: Moody Publishers, 2014) 1974-75.

*2:ストット『ヨハネの手紙』60頁

*3:Sauer, "1 John," 1974.

*4:Glenn W. Barker, 1 John, Expositor’s Bible Commentary, vol. 12, Frank E. Gaebelein, ed. (Grand Rapids, MI: Zondervan, 1981) 298-99.

*5:Law, The Tests of Life, 5.

*6:Ibid., 7.

*7:Barker, 1 John, 299.

*8:しかも、そういった挿入節的な部分は非常に重要な内容を含んでいる(たとえば1:1–4における2節など)。

*9:ストット『ヨハネの手紙』61–62頁

*10:Sauer, "1 John," 1974–75.

*11:なお、今後研究を進めて行く上で、このアウトラインにおける区分は変動する可能性があることをご承知いただきたい。