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ディスペンセーション主義Q&A:8つの聖書的契約編

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日本語圏では、チャールズ・ライリーやアーノルド・フルクテンバウムといった人々の神学が「ディスペンセーション主義神学」として紹介されている昨今の状況もあり、ディスペンセーション主義は以下の要素によって特徴づけられていると思われていることが多いです。

  1. ディスペンセーション主義には以下の3つの特徴がある。
    1. イスラエルと教会の一貫した区別
    2. 聖書の字義通りの解釈
    3. 聖書が書かれた目的は「神の栄光」であるという主張
  2. ディスペンセーション主義は伝統的に7つのディスペンセーションを主張する。
  3. ディスペンセーション主義は伝統的に8つの聖書的契約を主張する。

前々回はディスペンセーション主義の「3つの特徴」とそれによる定義について、そして前回は「7つのディスペンセーション」について考えました。今回は「8つの聖書的契約」というテーマを取り上げます。

Q20:8つの聖書的契約について

Q:ディスペンセーション主義というと、7つのディスペンセーションと、8つの聖書的契約というイメージです。ディスペンセーションの数は意見が分かれているそうですが、契約の数はどうですか? また、8つという数についてはどう思いますか?

A:確かに、ディスペンセーション主義では初期から8つの聖書的契約という枠組みが主張されてきました。しかし実際のところ、契約の数についてもディスペンセーション主義者の間で意見が分かれています。

8つの聖書的契約

たとえば、修正ディスペンセーション主義に立つ中川健一氏は「ディスペンセーショナリズムは、漸進的啓示に基づいて字義通りの解釈を行った結果、聖書には8つの聖書的契約が存在すると主張します」と述べています*1。その8つは以下のとおりです*2

  1. エデン契約:神が堕落前のアダムと結ばれた条件付契約。人には地に満ち、地を従えることなどが命じられたが、善悪の知識の木から取って食べてはならないという禁止命令や、不従順に対する罰も宣告された。主な聖書的根拠は創世記1:28–30; 2:15–17; ホセア書6:7。
  2. アダム契約:神が堕落後のアダムと結ばれた無条件契約。堕落した(すなわち、エデン契約に違反した)人に対する裁きが宣告された。ただし、「女の子孫」の約束(原福音;創3:16)という恵みの要素も与えられた。主な聖書的根拠は創世記3:14–19。
  3. ノア契約:神がノアと結ばれた無条件契約。洪水によってすべての生き物が滅ぼされることはないという約束や、肉食の許可、死刑の規定などが含まれている。主な聖書的根拠は創世記9:1–17。
  4. アブラハム契約:神がアブラハムと結ばれた無条件契約。アブラハムとその子孫に対する祝福、土地の所有、そして彼らを通した諸国民の祝福が含まれている。主な聖書的根拠は創世記12:1–3, 7; 13:14–17; 15:1–21; 17:1–21; 22:15–18。
  5. モーセ契約:神がモーセを仲介者としてイスラエルと結ばれた条件付契約。イスラエルモーセの律法に従順に歩むことで祝福が、不従順になれば裁き(のろい)が下される。主な聖書箇所は出エジプト記20章から申命記28章。
  6. 土地の契約:神がモーセを仲介者としてイスラエルと結ばれた無条件契約。イスラエルは将来、モーセの律法に違反して世界中に離散させられるが、最終的には回復され、約束の地に帰還する(特に申30:1–10)。主な聖書箇所は申命記29–30章。
  7. ダビデ契約:神がダビデと結ばれた無条件契約。ダビデの王朝とその王国の永遠性が保証されている。主な聖書的根拠はサムエル記第二7:11–16; 歴代誌第一17:10–14。
  8. 新しい契約:神がイスラエルと結ばれた無条件契約。イスラエルの最終的な物質的および霊的回復が保証されている。主な聖書的根拠はエレミヤ書31:31–34。

リストの中の説明部分はとても不十分なものなので、詳しくお知りになりたい方は、中川氏の『ディスペンセーショナリズムQ&A』や、以下の記事などをご参照いただきたいと思います。

ディスペンセーショナリズムとは何か(3) | 聖書入門.com

ディスペンセーショナリズムとは何か(4) | 聖書入門.com

ディスペンセーショナリズムとは何か(5) | 聖書入門.com

ディスペンセーショナリズムとは何か(6) | 聖書入門.com

ディスペンセーション主義における聖書的契約論

さて、これからディスペンセーション主義における契約を巡る見解の相違を見ていく前に、ほとんどのディスペンセーション主義者が同意しているポイントを見ておきたいと思います。先の8つの契約の説明部分では、「無条件契約」や「条件付契約」といった用語を持ち出しました。アーノルド・フルクテンバウムは、それぞれについて次のように説明しています。

  • 無条件契約とは、神が絶対的主権によって行う神のわざであり、契約を交わした民に対し、約束、祝福、契約条項を無条件に成就する義務を神がみずからに負わせたもの、と定義することができる。これは、法律用語で言うと片務契約である。*3
  • 条件付き契約は契約当事者の両方が義務を負う双務契約であり、「もしあなたが〜すれば」という条件の付いた神から人への提案と定義できる。言い換えると、契約の条件を満たせば特定の祝福を与える、という神の契約である。*4

本当はもっとスペースを割いてそれぞれについて考えたいのですが、ここで留めておきましょう。ともかくディスペンセーション主義者の間では、無条件/条件付契約という枠組みによって契約を分類する考え方が共通認識となっています*5。契約の具体的な数では意見が分かれていても、聖書的契約の性質を無条件契約と条件付契約の2種類に分類する点では広い一致が見られます。

それでは、全てのディスペンセーション主義者が「8つの聖書的契約」という区分を採用しているわけではないことを、具体的に見ていきましょう。ただし、ディスペンセーション主義者によって聖書的契約が包括的かつ体系的に論じられている文献は、実はそう多くはありません。(ディスペンセーションという概念が強調されがちだからでしょうか。)私のように日本人かつ神学生でもない場合、ただでさえアクセスできる情報が限られておりますので、本稿でのまとめは非常に限られた情報からのものであることを、あらかじめご了承いただきたいと思います。

とりあえず、ディスペンセーション主義神学者の間から、聖書的契約についてなるべく包括的に論じている何人かをピックアップし、契約の数について整理してみました。その結果が以下の表のとおりです。*6

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表 ディスペンセーション主義における聖書的契約

  • 表中注記
    • ※1:シナイ契約(Sinaitic Covenant)と呼ばれることもある。
    • ※2:パレスチナ契約(Palestinian Covenant)または申命記契約(Deuteronomic Covenant)と呼ばれることもある。
    • ※3:メリルはエデン契約およびアダム契約を区分せず、創世記1–3章における神と人の関係を創造の契約(Creation Covenant)と呼んでいる。

まず、古典的ディスペンセーション主義の代表例として、クラレンス・ラーキン(1850–1924)とルイス・シェーファー(1871–1952)をピックアップしてみました。彼らが立っていたような初期のディスペンセーション主義では、聖書的契約が8つに区分されることがありました。先にご紹介した中川氏による区分は、この立場に基づいたものです。他には、中川氏に影響を与えたフルクテンバウムや*7、メシアニック・ジューの聖書教師であるモッテル・バルストンらが現在もこの区分を採用しています*8

次に、過去何度か取り上げてきた修正ディスペンセーション主義の代表的神学者、チャールズ・ライリー(1925–2016)の場合を見てみましょう。過去2回では、ディスペンセーション主義の特徴やディスペンセーションの数について、フルクテンバウムや中川氏はライリーの考えに則っていることを見てきました。しかしライリーは、エデン契約およびアダム契約を聖書的契約には含めていません。有名な『ライリー・スタディバイブル』(Ryrie Study Bible)の創世記1–3章注釈では、エデン契約およびアダム契約への言及すらありません。

ダラス神学校の旧約学教授であるユージーン・メリルは、ラーキン、シェーファー、ライリー、フルクテンバウムらが聖書的契約として見なしていた土地の契約(パレスチナ契約)について、聖書的契約とはみなしていません*9。彼は、申命記29–30章の内容がイスラエルの「歴史的回顧」であるとしており*10、そこにイスラエルに対する土地の所有を約束する無条件契約が含まれているとは考えていないのです*11

一方メリルは、創世記1–3章における神と人との関係を「創造の契約」として扱っています*12。その関係をエデン契約(1–2章)とアダム契約(3章)に分けないという点で、彼の理解は古典的立場とは異なっています*13。ただしメリルは、創造の契約の契約条項自体は創世記1–2章の内容に限定しているようにも思われます。よって、メリルは古典的立場におけるエデン契約を「創造の契約」という名前で認識していると取ることもできます。こういう説明の仕方では、アダム契約の内容(創3:14–19)は、創造の契約の違反に対してもたらされた裁きの宣告だということになります。

漸進的ディスペンセーション主義者として有名なクレイグ・ブレイシング(サウスウェスタン・バプテスト神学校組織神学教授)とダレル・ボック(ダラス神学校新約学教授)が示している聖書的契約のリストは、最も少ないものとなっています。彼らのリストでは、エデン契約、アダム契約、土地の契約はいずれも聖書的契約として認められていません。

マスターズ神学校の学長ジョン・マッカーサーと名誉教授リチャード・メイヒュー編集によるつい最近(2年前)の組織神学書では、ブレイシング&ボックに見られる5つの契約に加え、「祭司契約」が聖書的契約(かつ無条件契約)として数えられています*14。これは、民数記25:11–13でモーセを通して「祭司アロンの子エリアザルの子ピネハス」に与えられた「永遠にわたる祭司職の契約」です。なお、他に祭司契約を支持しているディスペンセーション主義者としては、たとえばダラス神学校教授のロナルド・アレン*15、牧師・聖書教師のポール・マーティン・ヘンブリー*16などが挙げられます。

同校の元旧約学教授であるウィリアム・バリックは、マッカーサー&メイヒューのリストに加え、土地の契約(彼の場合の呼び名は申命記契約)も神がイスラエルと結ばれた聖書的契約として扱っています*17。したがって、バリックによるリストは、8つの聖書的契約と同じくらい包括的なリストだということになります。

これまでの観察から、ディスペンセーション主義者における聖書的契約の考え方について、最低限の一致が見られる枠組みは以下のリストのとおりとなります。

  1. ノア契約
  2. アブラハム契約
  3. モーセ契約
  4. ダビデ契約
  5. 新しい契約

一方、以下の4つの契約については、独立した聖書的契約といえるかどうか見解が分かれているところです。

  1. エデン契約
  2. アダム契約
  3. 祭司契約
  4. 土地の契約

以上のことからいえるのは、第一に、ディスペンセーション主義者の間でも──いや修正ディスペンセーション主義者の間でさえ、聖書的契約の数については見解が分かれているということです。

第二にいえるのは、8つの聖書的契約という枠組み自体は、今日のディスペンセーション主義界隈では少数派であるということです。少数派であること自体は、良いことでも悪いことでもありません。重要なのは聖書的根拠の確かさです。しかし、ディスペンセーション主義と8つの契約という枠組みを過度に結びつけることは、事実に則していないということになります。8つの契約という枠組みを受け入れている方がディスペンセーション主義について論じる場合、この点に注意しておく必要があります

さて、本当はこの後、見解が分かれる4つの契約について詳しく取り上げたかったのですが、この時点でかなりのボリュームになってしまいました。4つの契約は次の記事で取り上げますが、それも多分、前半(エデン契約とアダム契約)と後半(祭司契約と土地の契約)の2記事に分かれることになると思います。長くなって申し訳有りませんが、もうしばらくお付き合いくださいませ。

*1:中川健一『ディスペンセーショナリズムQ&A』(ハーベスト・タイム・ミニストリーズ、2019年)75頁。

*2:前掲書、81–142頁

*3:アーノルド・フルクテンバウム『イスラエル学』佐野剛史訳、中川健一監訳(ハーベスト・タイム・ミニストリーズ、2018年)7頁。

*4:前掲書、29頁。

*5:たとえば、以下を参照のこと。Irvin A. Bsenitz, "Introduction to the Biblical Covenants; the Noahic Covenant and the Priestly Covenant," The Master's Seminary Journal 10/2 (Fall 1999): 180–81; Craig A. Blaising and Darrell L. Bock, Progressive Dispensationalism, paperback ed. (Grand Rapids: Baker, 2000), 128–73. なお、こういった考え方はディスペンセーション主義では共通認識として持たれているが、この立場に特有なものではない。W・ブルッゲマン『旧約聖書神学用語辞典──響き合う信仰』小友聡・左近豊監訳(日本キリスト教団出版局、2015年)181–85頁; Bruce K. Waltke, "The Kingdom of God in the Old Testament: The Covenants," in The Kingdom of God, eds. Christopher W. Morgan and Robert A. Peterson (Wheaton, IL: Crossway, 2012), 74–75; idem, "The Phenomenon of Conditionality within Unconditionality," in Israel's Apostasy and Restoration, ed. Avraham Gileadi (Grand Rapids: Baker, 1988), 123–24.

*6:本表作成に当たっての主な参考文献は以下の通りである。

  • ラーキン:Clarence Larkin. "The Covenants." In Dispensational Truth or God's Plan and Purpose in the Ages. Philadelphia: Rev. Clarence Larkin Est., 1918; accessed Feb. 5, 2019.
  • シェーファー:Lewis Sperry Chafer. Major Bible Themes. Revised edition. Grand Rapids: Zondervan, 1974.
  • ライリー:Charles C. Ryrie. "A Synopsis of Bible Doctrine." In The Ryrie Study Bible: ESV (Chicago: Moody, 2011), 1585–1610.
  • フルクテンバウム:Arnold G. Fruchtenbaum. The Word of God: Its Nature and Content. Come and See. Vol. 1. Second edition. San Antonio, TX: Ariel Ministries, 2015.
  • メリル:Eugene H. Merrill. Everlasting Dominion: A Theology of the Old Testament. Nashville, TN: B&H, 2006; Idem. "Israel according to the Torah." In The People, the Land, and the Future of Israel: Israel and the Jewish People in the Plan of God. Edited by Darrell L. Bock and Mitch Glaser. Grand Rapids: Kregel, 2014, 27–37.
  • ブレイシング&ボック:Blaising and Bock. Progressive Dispensationalism.
  • マッカーサー&メイヒュー:John MacArthur and Richard Mayhue. Biblical Doctrine: A Systematic Summary of Bible Truth. Wheaton, IL: Crossway, 2017.
  • バリック:William D. Barrick. "The Mosaic Covenant." The Master's Seminary Journal 10/2 (Fall 1999): 213–32; Idem. "The Noahic Covenant's Impact on Caring for Creation." ETS Annual Meeting, November 15, 2012; accessed May 12, 2019.

*7:Fruchtenbaum, The Word of God, 69–115.

*8:Mottel Baleston, "Chart of the relationship of the Covenants to the Dispensations"; accessed May 12, 2019. 邦訳あり。

*9:Cf. Merrill, Deuteronomy, New American Commentary (Nashville, TN: B&H, 1994), 372–75.

*10:Ibid., 375.

*11:メリルと同じ立場を取るディスペンセーション主義者は多いが、The Master's Seminaryのマイケル・グリサンティが申命記注解書において自らの立場を詳しく説明している。Michael A. Grisanti, "Deuteronomy," in The Expositor's Bible Commentary, vol. 2, rev. ed., eds. Tremper Longman III and David E. Garland (Grand Rapids: Zondervan, 2012), 745–47. Cf. Jack S. Deer, "Deuteronomy," in The Bible Knowledge Commentary: Old Testament, eds. John F. Walvoord and Roy B. Zuck (Wheaton, IL: Victor, 1985), 313–14.

*12:Merrill, Everlasting Dominion, 239–40; idem, "Israel according to the Torah," 32–33.

*13:なお、彼の基本的な「創造の契約」理解は、漸進的契約主義(Progressive Covenantalism)を提唱するPeter J. Gentry and Stephen J. Wellum (Kingdom through Covenant: A Biblical-Theological Understanding of the Covenants [Wheaton, IL: Crossway, 2012], 177–217; 611–28)とほぼ一致している。

*14:Cf. Irvin A. Busenitz, "Introduction to the Biblical Covenants; The Noahic Covenant and the Priestly Covenant," 186–89.

*15:Ronald B. Allen, "Numbers," in The Expositor's Bible Commentary, vol. 2, rev. ed., 546.

*16:Paul Martin Henebury, "The Forgotten Covenant (PT.1)," May 12, 2014; "The Forgotten Covenant (PT.2)," May 20, 2014; "The Forgotten Covenant (PT.3)," June 5, 2014; "The Forgotten Covenant (PT.4)," June 24, 2014.

*17:Barrick, "The Mosaic Covenant," 214 n. 8, 217 table 1; idem, "Covenants and Dispensations Part 2: Defining and Identifying the Biblical Covenants with Israel," January 6, 2016.