軌跡と覚書

神学と文学を追いかけて

契約から見た旧約聖書神学の新刊

The Words of the Covenant - A Biblical Theology: Volume 1 - Old Testament Expectation

ポール・マーティン・ヘネブリー(Paul Martin Henebury)氏の初めての単著となるThe Words of the Covenant: A Biblical Theology, Vol. 1 – Old Testament Expectation(契約のことば:聖書神学、第1巻─旧約聖書の希望)が出版されました*1。今回はそのご紹介です。

本書は「契約」という観点から聖書のストーリーラインを述べる包括的な聖書神学の本の第1巻で、主に旧約が扱われています。目次については、著者自身のブログの紹介記事の最後をご参照ください。

私もつい先日Kindle版を手に入れたばかりで(紙版は日本だと10月上旬〜中旬の到着になるようです)、まだざっと目を通してから序盤を熟読し始めているに過ぎませんが、いや〜〜〜すごい本が出て来ました!

著者のヘネブリー氏はロンドン神学校で学んだ後、渡米して米国のティンデル神学校で組織神学と弁証学の教鞭を執り、現在は自身のTelos Biblical Instituteで主にオンラインの神学教育に取り組んでいます。

彼はディスペンセーショナリストですが、マーティン・ロイドジョンズとコルネリウス・ヴァン・ティルから深い影響を受けたことを公言し、改革派神学や契約神学にも大変造詣が深いという、この界隈では比較的珍しい人材だと思います。特にヴァン・ティルのキリスト論的な前提主義弁証論を強く支持している人です*2

その辺りの遍歴は、こちらのインタビュー記事(いずれ訳して紹介したいな〜と思ってます)をご参照ください。

dispensationalpublishing.com

また、改革派神学に対する造詣の深さはこちらのロバート・レイモンドの組織神学書の書評記事カルヴァン主義の5ポイント(TULIP)への神学的批判記事からも伺えるでしょう。

ちなみに、当ブログでも氏のブログ記事を拙訳でお届けしたことがありました。

balien.hatenablog.com

私がヘネブリー氏を知ったのは数年前で、たぶんマイケル・ヴラック氏によるリツイートか何かだったかなと思います。ヘネブリー氏は自身を「ディスペンセーショナリズムの支持者にして落胆した批判者」として、「Dr. Reluctant」というブログを運営しています。そこでの記事を読んで大きく影響を受けたわけですが、特にディスペンセーショナリズムという神学的立場の見方や、組織神学を学ぶ上で刺激を受けました。

ヘネブリー氏は、神学的結論は伝統的ディスペンセーショナリズムと一致していますが、自身の立場を聖書的契約主義(Biblical Covenantalism)と呼んでいます。聖書全体の流れを規定しているのはディスペンセーションよりも契約である、というのが彼の主張です。なので、彼は「ディスペンセーション」という曖昧な(あるいは記述的な)概念に根差して神学体系を構築することは不可能だと考えています。その点で契約に基づいて構築されている契約神学を評価しているわけですが、そちらは神学的推論に基づく契約(神学的契約)が土台に据えられているため、そこに弱点を見出しているわけです。ということで、ヘネブリー氏は自身の立場を聖書的契約に基づく神学体系として聖書的契約主義と呼んでいます。(……おそらく、まずはその信念に基づいて聖書神学を展開し、それから組織神学を展開していくのが氏の展望なんじゃなかろうかと思っています。)

氏の批判的姿勢の是非はさておき、本書は伝統的ディスペンセーショナリズムの立場から初めて「契約」を最前面に出し、「契約」を軸にして展開された旧約聖書神学書だと思います。まだざっと目を通しただけですが、新約を扱う第2巻もこのクオリティで出て来れば、これはディスペンセーショナリストにとって新しい必携書になると思います。そして、神学的立場が異なる文献もリベラルなものから福音的なものまで縦横無尽に参照されていますので、異なる立場の方々にとっても、私たちの立場を理解していただくためにオススメできるものになっているでしょう。

こういう自分たちの立場の方々にも異なる立場の方々にもオススメできる文献っていうのは、ディスペンセーショナリズムの界隈ではかなり限られていました。が、近年は充実しつつあります。今回出版されたヘネブリー氏の著作は、たとえば数年前のヴラック氏による「神の国」の視点から展開した聖書神学書*3、アブナー・チョウ氏の聖書解釈学に関する著書*4、今年出版されたヴラック氏による新約における旧約引用に関する著書*5なんかと肩を並べられるものだと思います。

ディスペンセーショナリストかどうかに関わらず、たとえば聖書的契約に関する神学的な視点の違いを知るのに、O・パーマー・ロバートソン*6、ポール・ウィリアムソン*7、ピーター・ジェントリー&スティーヴン・ウェラム*8なんかと比べてみるのも面白いかもしれません。

*1:Paul Martin Henebury, The Words of the Covenant: A Biblical Theology, Vol. 1 – Old Testament Expectation (Maitland, FL: Xulon Press, 2021).

*2:ただし、教会論や終末論以外は伝統的な改革派神学の立場を取っているジョン・マッカーサー氏などとは違って、ヘネブリー氏は改革派神学を批判的に捉えている人です。おそらく、救済論などの理解はミラード・エリクソンなんかに近いんじゃないかと感じています。

*3:Michael J. Vlach, He Will Reign Forever: A Biblical Theology of the Kingdom of God (Silverton, OR: Lampion Press, 2017).

*4:Abner Chou, The Hermeneutics of the Biblical Writers: Learning to Interpret Scripture from the Prophets and Apostles (Grand Rapids: Kregel, 2018).

*5:Vlach, The Old in the New: Understanding How the New Testament Authors Quoted the Old Testament (The Woodlands, TX: Kress Biblical Resources, 2021).

*6:O・パーマー・ロバートソン『契約があらわすキリスト──聖書契約論入門』(高尾直知訳、清水武夫監修、PCJ出版、2018年)

*7:Paul R. Williamson, Sealed with an Oath: Covenant in God's Unfolding Program, NSBT 23 (Downers Grove, IL: InterVarsity, 2007).

*8:Peter J. Gentry and Stephen J. Wellum, Kingdom through Covenant: A Biblical-Theological Understanding of the Covenants (Wheaton, IL: Crossway, 2012).