軌跡と覚書

神学と文学を追いかけて

福音主義終末論についての覚書(2)預言成就のタイミング

前書き

  • キリスト教神学の終末論は以下のように二分されて論じられることが多いです。
    1. 個人的終末論(personal eschatology)→個々人の未来や死、中間状態、復活、裁きなどを扱う。
    2. 宇宙的終末論(cosmic eschatology)→キリストの再臨、千年王国、最後の裁き、新しい天と新しい地などを扱う。「一般的(general)終末論」や*1、「預言的(prophetic)終末論」と呼ばれることもある*2
  • このシリーズでは、上記の二区分でいえば「宇宙的終末論」に焦点を絞り、テーマ別に諸見解を整理していきたいと思います。
    1. イスラエルと教会の関係に基づく諸見解
    2. 聖書預言の成就のタイミングに基づく諸見解(←今回)
    3. キリストの再臨と千年王国の関係に基づく諸見解
    4. キリストが聖徒を空中に引き上げるタイミングに基づく諸見解
    5. 新しい天と新しい地の性質に着目した諸見解
  • 各見解は出来る限り支持者による文献に基づいて整理し、聖書的・神学的根拠を提示しています。ただし必ずしも、各見解の支持者がすべての根拠に同意しているとは限らないことにご留意ください。
  • 参考資料は筆者が所持している、またはアクセスしたことのあるものに限られているので、テーマや見解によって文献量にバラつきがあることはご容赦ください。
  • このシリーズのノートは、各立場がどういう前提や条件で出力された結果なのかを知ることで、自分と異なる立場も出来る限り理解していきたいと考え、整理してきたものです。これからのノートをご覧になる方が、各見解を概観する際の一助になれば幸いです。

目次

※特に断りがない限り、聖書引用は以下によります。聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会

2.聖書預言の成就のタイミングに基づく諸見解

総論

(1)基本的な前提
  • 共観福音書のオリーブ山の説教(マタ24–25; マコ13; ルカ21)や黙示録などで扱われている終末に関する記述(いわゆる終末預言)がどの時点で成就するのかという点で、大まかな解釈のアプローチが分かれます。
  • 具体的には、終末預言に関する時制的な焦点(過去・現在・未来)と、黙示文学の象徴的表現の扱いの二点を巡り、種々の見解に分かれています。
(2)各見解における共通理解
  • 終末預言の記述は単なる象徴ではなく、歴史における実際の出来事と関連しているものと理解されます。
  • 終末預言は未来の出来事を予告するだけのものではなく、時代にかかわらず信仰者を励まし慰めるために与えられた神の宣言だと理解されます。
  • 最終的にキリストが被造世界を支配され、神の国が完成するということは神の計画のゴールとして共有されています。

2−1.Preterism*3(過去主義)

(1)定義
  • オリーブ山の説教や黙示録などで見られる終末預言の大部分が紀元1世紀、特に紀元70年のエルサレム陥落の出来事において既に成就したとみなす見解のことです。
  • 福音主義神学における過去主義の主流は、キリストの再臨と最後の裁きは将来の成就を待っていると考えるpartial preterism(部分的過去主義)です。それらの出来事も1〜2世紀に起こったと理解するfull preterism(完全過去主義)とは区別されます。
(2)主な特徴
  • 終末預言について、1世紀の歴史的状況(特にネロ治下での迫害や第一次ユダヤ戦争)と対応させて読むことを重視します。
  • 黙示録の「獣」や「大バビロン」などの象徴は、ローマ帝国や堕落したユダヤ教指導層などと関連づけられます。
(3)聖書的・神学的根拠の例
  • イエスはオリーブ山の説教の内容について、弟子たちに対して「これらのことがすべて起こるまでは、この時代〔ギリシャ語:ヘー・ゲネア ἡ γενεὰ〕が過ぎ去ることは決してありません」(マタ24:34、下線=引用者)と言われました。すなわち、イエスの弟子たちの時代において、説教で語られた内容は成就したはずです。
  • 福音主義の過去主義では黙示録の執筆年代について、紀元95年ごろという一般的な後期執筆説に対し、紀元70年のエルサレム陥落以前・ネロ帝期という早期執筆説を採ることが多いです。
  • 黙示録11:1–2における神殿を測る描写は、黙示録執筆時点で第二神殿が存在していたことを示唆しています。
  • 黙示録13章の「獣」を表す数字「六百六十六」は皇帝ネロを表すヘブル語のアルファベットを数字に置き換えた際の値と一致すると考えられます。これは、黙示録がネロ帝期に執筆されたことを示唆しているものと理解されます。
  • 黙示録17:9–10の「七つの山」はローマを表しており、「七人の王」はネロまでの皇帝と一致するものと理解されます。
  • 黙示録では、述べられている内容が起こることは「近い」と繰り返し言われています(黙1:1, 3; 22:6–7, 10)。これは、ネロの迫害下で執筆された際の現実的な時間感覚として理解されます。

2−2.Historicism(歴史主義)

(1)定義
  • 特に黙示録の内容を、1世紀末から終末に至るまでの教会史全体を抽象的に記したものとみなす見解のことです。
  • 宗教改革期にはルターやカルヴァンがこの見解を取り入れ、ローマ教皇を終末の反キリストと同一視しました。今日でもセブンスデー・アドベンチストなどの一部のグループで見られますが、他の見解に比べると、この見解を採る方は少ないようです。
(2)主な特徴
  • 黙示録の内容について、教会史全体の歴史的展開を主に時系列で予告したものと理解します。
  • 終末預言で扱われる出来事を史実の出来事と結びつけようとする方法論では一致しているものの、細部では多様な意見が出されています。
  • 基本的に、終末預言の出来事が西ヨーロッパの教会の歴史と結びつけられます。
(3)聖書的・神学的根拠の例
  • 黙示録2–3章に登場する小アジアの7つの教会の特徴と順序は、使徒時代から終末に至るまでの教会史と対応しているものと理解されます。
  • 黙示録などで描かれる種々の災害や事件は、教会への迫害やヨーロッパ諸国で起こった事件(たとえばローマ帝国への侵略など)と対応しているものと理解されます。
  • 黙示録に登場する「大バビロン」や「獣」は堕落した教会とその指導者、たとえばローマ・カトリック教会と教皇を象徴しているものと理解されます。

2−3.Futurism(未来主義)

(1)定義
  • 終末預言は著者の視点だけではなく、私たちの視点から見ても主に未来の終末で成就するとみなす見解のことです。
(2)主な特徴
  • 終末預言の出来事が成就するタイミングを患難期*4やキリストの再臨の前後など、将来に位置づけます。
  • 終末預言の内容を抽象的なものではなく、具体的・直接的な将来の予告として捉える傾向にあります。
  • 国家的・民族的イスラエルの位置づけについて、契約に基づく将来の回復を期待するポスト代替主義を採る傾向にあります。
  • 一般的に、黙示録19–20章の記述の流れどおりキリストの再臨に続いて千年間の地上支配があるという前千年王国説が採られます。
(3)聖書的・神学的根拠の例
  • オリーブ山の説教で語られている内容はキリストの再臨と「世が終わる時のしるし」(マタ24:3)、すなわち未来に関するものと理解されます。
  • 黙示録の執筆年代については後期年代説(紀元95年ごろ)を採ります。その上で黙示録の内容が未来の予告であると理解されるため、1世紀末より将来のことが予告されているとみなされます。
  • 終末預言で扱われている出来事の大半は史実の出来事と合致しないため、まだ実現していないと考えられています。

2−4.Idealism(象徴主義*5

(1)定義
  • 終末預言とされている箇所について、特定の出来事の予告としてではなく、いつの時代にも共通する霊的な真理と現実が象徴的に記されているものとみなす見解のことです。
(2)主な特徴
  • 終末預言とされる箇所が象徴している代表的な事柄は善と悪の霊的戦い、神の支配、信仰者の忍耐と勝利などです。
  • 「今」の読者に対する預言の意義を重視する傾向にあるため、「現代主義」とも呼び得ます。
  • 過去主義や未来主義でも今の読者に対する意義は重視されるため、象徴主義は他の立場と親和性が高いです(次の折衷的アプローチにつながります)。
(3)聖書的・神学的根拠の例
  • 終末預言とされる箇所は象徴的な言語や表現(子羊としてのキリスト、不思議な生き物の描写など)が多用されているため、文字通りにというよりも、何らかの象徴として理解されるべきだと考えられます。
  • 象徴されている事柄は、聖書全体から明らかな重要なモチーフ(神による救い、神と聖徒の最終的な勝利など)と照らし合わせて理解されるべきだと考えられます。

2−5.Eclectic Approach / Eclecticism(折衷的アプローチ)

(1)定義
  • 他のアプローチ、特に過去主義・未来主義・象徴主義の長所を統合しようとする方法のことです。
  • 各々の立場から、他の立場の長所を取り入れようと試みられることが多いです。よって、支持者の主な視点に応じて修正過去主義/修正未来主義/修正象徴主義と呼ぶこともできるでしょう。
(2)主な特徴
  • 終末預言を著者の視点(過去主義的)、現在の私たちの視点(象徴主義的)、最終的に成就する未来の視点(未来主義的)から多層的に解釈します。
(3)聖書的・神学的根拠の例
  • 多くの預言では、複数の出来事について時間の間隔が明示されずに未来が見通されています(たとえばメシアは力ある王としても受難の僕としても扱われていますが、メシアの働きの時系列は明確ではありません)。多層的な解釈は、このような預言的視座に基づいています。
  • 多くの預言には、聖書の歴史上で起こった出来事と同じパターンの反復が見られます(たとえば出エジプトと離散からの帰還の類似性、イスラエル王国の滅亡と将来の裁きの類似性など)。
  • 預言の反復性を踏まえると、たとえばオリーブ山の説教の内容について、紀元70年の神殿破壊で部分的に成就し、終末の苦難や裁きにおいて最終的に成就すると理解することができます。
  • いずれの見解から預言解釈を実践するにしても、実質的には折衷的・統合的なアプローチが必要とされます。(例:過去主義者/象徴主義者も未来の神の計画の完成を待ち望んでいます。過去主義者/未来主義者も預言が現在の私たちに持っている意義を重視しています。そして、未来主義者/象徴主義者も預言の原著者の視点を重視しています。)

雑感

今回の整理で改めて強く実感させられたのは、特に新約にある終末預言(オリーブ山の説教や黙示録など)を解釈するに当たっては、実質的には折衷的(混合的)なアプローチが採られてきたということです*6

直前で書いたように、どの立場であっても、他の立場の特徴を何らかの形で持っていたりします。古典的ディスペンセーション主義の終末観でさえ、実質的には未来主義と歴史主義の両側面を持っていました*7

それでも、すべての立場の特徴を同程度に持つというのは至難の業というか、やはり各立場で強調点は異なるので、完全な折衷的アプローチは不可能でしょう。なので、コリンズ(Collins)が言うように、折衷的アプローチが圧倒的に人気を博しているにしても、ひとつひとつの「折衷的アプローチ」では、どれか一つのアプローチが支配的なことが多いのです*8

ちなみに、私自身の今の理解は、たとえばPhillip Longが言うところの修正未来主義(modified futurism)が一番近いようでした。

参考文献

終末論全般

  • Berkhof, Louis. Systematic Theology. Edinburgh: The Banner of Truth Trust, 1958.
  • Bingham, D. Jeffrey and Glenn R. Kreider, eds. Eschatology: Biblical, Historical, and Practical Approach. Grand Rapids: Kregel, 2016.
  • Enns, Paul. The Moody Handbook of Theology. Revised and expanded edition. Chicago: Moody, 2014.
  • Grudem, Wayne A. Systematic Theology: An Introduction to Biblical Doctrine. Second edition. Grand Rapids: Zondervan, 2020.
  • MacArthur, John F., and Richad L. Mayhue, eds. Biblical Doctrine: A Systematic Summary of Bible Truth. Wheaton, IL: Crossway, 2017.

総論

  • Pate, C. Marvin, ed. Four Views on the Book of Revelation. Grand Rapids: Zondervan, 1998.
  • Poythress, Vern S. “Four Schools of Interpretation for Revelation.” The Works of John Frame & Vern Poythress.
  • Svigel, Michael J. “Who, What, When, and How of Revelation: Pre-interpretive Issues.” Excursus 16 in The Fathers on the Future Supplemental Excurses & Index. N.p.: 2024.
  • Venema, Cornelis. “Interpreting Revelation.” Ligonier Ministries.
  • 岡山英雄『ヨハネの黙示録注解──恵みがすべてに』いのちのことば社、2014年(※特にpp. 23–24)
  • テニイ、メリル・C『ヨハネの黙示録』有賀寿訳、聖書図書刊行会、1972年(※特にpp. 175–90)

2−1.Preterism(過去主義)

2−2.Historicism(歴史主義)

2−3.Futurism(未来主義)

2−4.Idealism(象徴主義)

2−5.Eclectic Approach / Eclecticism(折衷的アプローチ)

*1:Grudem, Systematic Theology, 1343.

*2:MacArthur and Mayhue, Biblical Doctrine, 829.

*3:Preterismは「過去の」「〜を過ぎて」を意味するラテン語praeterに由来する語です。

*4:旧約預言書やオリーブ山の説教、黙示録などで扱われている終末の苦難の時は、便宜的に「患難期」(tribulation)と呼ばれることがあります。

*5:この立場には「理想主義(派)」や「観念主義(派)」といった訳語が使われることがありますが、どちらも哲学や倫理学の分野で定着している用語です。「象徴主義(派)」は主に文学用語として使われますが、キリスト教神学における終末論のidealismは預言を象徴として解釈することが特徴的な立場であるため、ここでは字面的に一番意味をイメージしやすいと思われる「象徴主義」を採用してみました。なお、岡山『ヨハネの黙示録注解』24頁では「象徴主義」と「現代主義」という訳語が並記されています。

*6:Fanning, Revelation, 38.

*7:これは、現在のポップ・ディスペンセーション主義にも継承されているように思われます。

*8:Collins, "Intertextual Evidence from the Prologue," 33 n. 7.