前書き
- キリスト教神学の終末論は以下のように二分されて論じられることが多いです。
- このシリーズでは、上記の二区分でいえば「宇宙的終末論」に焦点を絞り、テーマ別に諸見解を整理していきたいと思います。
- イスラエルと教会の関係に基づく諸見解
- 聖書預言の成就のタイミングに基づく諸見解
- キリストの再臨と千年王国の関係に基づく諸見解
- キリストが聖徒を空中に引き上げるタイミングに基づく諸見解(←今回)
- 新しい天と新しい地の性質に着目した諸見解
- 各見解は出来る限り支持者による文献に基づいて整理し、聖書的・神学的根拠を提示しています。ただし必ずしも、各見解の支持者がすべての根拠に同意しているとは限らないことにご留意ください。
- 参考資料は筆者が所持している、またはアクセスしたことのあるものに限られているので、テーマや見解によって文献量にバラつきがあることはご容赦ください。
- このシリーズのノートは、各立場がどういう前提や条件で出力された結果なのかを知ることで、自分と異なる立場も出来る限り理解していきたいと考え、整理してきたものです。これからのノートをご覧になる方が、各見解を概観する際の一助になれば幸いです。
目次
- 前書き
- 目次
- 4.キリストが聖徒を空中に引き上げるタイミングに基づく諸見解
- 雑感
- 参考文献
※特に断りがない限り、聖書引用は以下によります。聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会
4.キリストが聖徒を空中に引き上げるタイミングに基づく諸見解
総論
(1)基本的な前提
A.携挙という用語と概念について
- Ⅰテサロニケ4:15–17では「主の来臨」(おそらく再臨のこと)が以下の出来事と関連づけられています。
- 号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られること(16節)
- まず、キリストにある死者がよみがえること(16節)
- それから、生き残っている人々が、よみがえった人々と一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うこと(17節)
- 特に17節の言葉遣いに基づいて、再臨のときに生き残っている人々が空中に「引き上げられ」るという出来事は、便宜的に「携挙」(rapture)と呼ばれています。
- 新改訳2017で「引き上げられ」と訳されているギリシャ語動詞(基本形ハルパゾー ἁρπάζω)は、ラテン語訳ではラピオー(rapio; 基本形)と訳されました。このラテン語動詞の名詞形ラプタス(raptus)が、Ⅰテサ4:15–17の出来事を表すのに使われる英語名詞raptureの由来です。
- また、この出来事は天から下って来られたキリストが引き上げられた聖徒たちと空中で会うものであるため、日本語圏では「空中再臨」と呼ばれることもあります。
- 前千年王国説ではキリストの再臨→千年王国→新天新地という大まかな流れの理解は一致していますが、携挙/空中再臨がどこのタイミングに位置づけられるかは見解が分かれています。
- 具体的には、将来の「患難期」と呼ばれる再臨直前の期間(※次項で後述)と携挙の関わりについて、種々の見解が提示されています。
B.患難期について
- 旧約預言書や共観福音書のオリーブ山の説教(マタ24–25; マコ13; ルカ21)、黙示録などで扱われている終末の苦難の時を指して、便宜的に「患難期」(tribulation periodまたは単にtribulation)と呼ばれることがあります。
- 終末論の議論で「患難期」あるいは単に「患難」という用語が使われるとき、具体的に何を指すものと理解されているのか、その認識が携挙論の構築に影響を及ぼします。
- たとえば、患難の期間はいつ始まってどの程度続くのかという議論があります。
- 教会時代で既に始まっている患難が再臨の時にかけて増していく?
- 将来の特定の時点で始まる特別な期間? だとすれば、どの程度続く期間?
- 旧約預言書やⅠ・Ⅱテサロニケ、Ⅱペテロに出て来る「主の日」という概念と患難期がどのように関連しているのかという議論もあります。「主の日」の理解は、テサロニケ書簡に基づく携挙論の構築に影響を及ぼします。
- 主の日は患難期とイコール?(または患難期全体を含む?)
- 主の日は患難期中の特定の期間や出来事を指す?
- 神の怒りによる裁きと患難期の関連についても議論されています。以下のような理解の違いが、信者は神の怒りから救われるという考え(Ⅰテサ1:10; ロマ5:9など)に基づく携挙論の構築に影響を及ぼします。
- 患難期の全体が神の怒りによる裁きの期間?
- 裁きは患難期のある時点から下される?
- オリーブ山の説教と黙示録には「大きな苦難/大いなる患難」という表現が出て来ます(マタ24:21; ルカ21:23; 黙2:22; 7:14)。この表現が指すものと患難期の関連についても議論されています。以下のような理解の違いは、オリーブ山の説教や黙示録の解釈に基づく携挙論の構築に影響を及ぼします。
- 大きな苦難と患難期全体はイコール?
- 大きな苦難は患難期中の特定の期間や出来事と関連づけられる?
C.終末における7年間の枠組みについて
- 多くの前千年王国主義者の間では、ダニエル9:24–27にある「七十週」に関する記述に基づいて、終末ではキリストの再臨に至る特別な7年間の枠組みがあると想定されています。
- 特に患難期前携挙説・患難期中携挙説・神の怒り前携挙説の支持者の間では、基本的な共通認識となっています。患難期後携挙説支持者の間では、「七十週」の具体的な理解について見解が分かれています。(※各見解については4─1以降で後述します。)
- ダニエル9:24–27の「七十週」(字義的には七十の七。ヘブル語シャブイーム・シビーム שָׁבֻעִ֨ים שִׁבְעִ֜ים)は、7年の70セット、つまり490年と理解されます。中でも9:27にある最後の「一週」については「半週の間」に関する記述もあるので、最後の7年間は3年半+3年半という枠組みを有しているものと理解されます。
- 黙示録では「四十二か月」(11:2; 13:5)、「千二百六十日」(11:3; 12:6)、「一時と二時と半時」(12:14)という、ダニエル9:27と呼応するような3年半の枠組みが言及されています。よって、多くの前千年王国主義者の間では、ダニエル9:27の最後の一週(最後の7年間)が黙示録で扱われている苦難の時と同定されています。
- 最後の7年間と患難期や主の日の関連については、様々に議論されています。この問題も、患難期や主の日それぞれの理解とも関連づけられて、テサロニケ書簡や黙示録などに基づく携挙論の構築に影響を及ぼしています。
(2)各見解における共通理解
- Ⅰテサロニケ4:14–17の内容は、書簡本来の文脈にしたがって、クリスチャンが互いに励まし合うためのメッセージとして受け取られる必要があります(Ⅰテサ4:18参照)。
- クリスチャンは地上で苦難を経験します。患難期の前やその途中で携挙が起こるという見解でも、クリスチャンが苦難に遭わないとは考えられていません。
- クリスチャンは、キリストが再臨に伴って地上に下す御怒りの裁きを免れます。(※御怒りの裁きが再臨の時に下されるだけなのか、再臨前に一定期間続く一連の出来事なのか、といった点で見解が分かれます。)
4−1.Pre-Tribulation Rapture View / Pretribulationism(患難期前携挙説)
(1)定義
- 地上再臨前最後の7年間である患難期が始まる前に、携挙が起こるとみなす見解のことです。
(2)主な特徴
- ほとんどの支持者はダニエル書や黙示録に基づき、終末における7年間の枠組みを支持しています。
- 患難期中携挙説、神の怒り前携挙説と共通
- 携挙と地上再臨が別の概念として区分されます。または、キリストの再臨が携挙と地上再臨の二段階で理解されます。(※患難期中携挙説、神の怒り前携挙説と共通)
- 携挙:主が空中に来られ、信者を天へ迎える出来事
- 地上再臨:主が患難期後に地上へ下り、裁きと王国を実現させる出来事
- 携挙が患難期の前に起こるという理解から、再臨はいつでも起こり得るという「切迫性」(imminency)が強調されます。
(3)聖書的・神学的根拠の例
- ヨハネ14:1–3の記述が、昇天したキリストがいずれ信者を迎えに来て、天に彼らを迎え入れるという終末論的なものとして理解されます。この理解と合わせて、Ⅰテサロニケ4:15–17は文字通りに信者が引き上げられて空中でキリストと会い、天へ移動させられる出来事として理解されます。
- Ⅰテサロニケ5:1–10やⅡテサロニケ2:1–12で扱われている「主の日」は、将来現れる「不法の者」が神殿に座るというダニエル9:27を思い起こす形で描かれています(Ⅱテサ2:3–6)。よって、テサロニケ書簡の「主の日」と最後の7年間は同じ期間を指す、あるいは「主の日」が最後の7年間を含むものと理解されます。
- Ⅰテサロニケ5章には、信者が「主の日」に下る裁きを免れると理解できる記述があります(4, 9節; 1:10も参照)。直前の4:15–17で携挙が論じられていることから、携挙の出来事と信者が裁きを免れる出来事は関連しているものと理解されます。
- マタイ24章では終末や再臨の兆候が紹介されているとともに(3–30節)、それらがいつ起こるのか分からないとも言われています(36節)。また、Ⅰテサロニケ5:2では主の日が突如として来るという切迫性が明らかにされています。まず携挙が起こり、患難期/主の日/最後の7年が到来すると想定することで、主の日や再臨の切迫性が保持されています。
- 黙示録3:10bの「地上に住む者たちを試みるために全世界に来ようとしている試練の時には、わたしもあなたを守る」という約束は、当時のフィラデルフィアの教会に向けられた約束であると同時に、信者一般に適用される約束でもあると理解されます。「……には……守る」という表現(ギリシャ語テーレーソー・エク τηρήσω ἐκ)は「……から……守る」という意味合いが強いこと、また黙示録の後の内容との整合から、3:10bの約束は、黙示録6章以降で語られる終末的な苦難の時全体を信者が免れるという意味で理解されます。
- 黙示録6章以降で様々な苦難が描かれていきますが、それらはすべて子羊なるキリストが封印を解くことに端を発しているため、6章から19:11–21の再臨に至るまでの全体が神の怒りによる裁きの期間として理解されます。信者は神の怒りを免れるため(ロマ5:9; Ⅰテサ1:10)、黙示録6章以降が指し示す終末的な苦難の期間(患難期)の前が携挙のタイミングとして相応しいと考えられます。
4−2.Mid-Tribulation Rapture View / Midtribulationism(患難期中携挙説)
(1)定義
- 地上再臨前最後の7年間である患難期の前半の3年半が経過し、後半が始まる前に携挙が起こるとみなす見解のことです。
(2)主な特徴
- ほとんどの支持者はダニエル書や黙示録に基づき、終末における7年間の枠組みを支持しています。この見解では特に、7年間の枠組みが前半+後半の二段構造になっている点が強調されます。
- 患難期前携挙説、神の怒り前携挙説と共通
- 7年間の患難期の前半は信者が迫害などの苦難を受けることが特徴的であり、後半から神の怒りの裁きが下されると理解されます。
- キリストの再臨は携挙と地上再臨の二段階で理解されます。
- 患難期前携挙説、神の怒り前携挙説と共通
- 終末に関する聖書箇所で「迫害の中でも忍耐するように」という励ましが多くある事実を重視し、教会が終末的な苦難(患難期)を経験すると理解します。
- 神の怒り前携挙説、患難期後携挙説と共通
(3)聖書的・神学的根拠の例
- 携挙はいつ起こるか分からない差し迫った出来事ではなく、Ⅱテサロニケ2:1–4にあるような教会の背教や「不法の者」(反キリスト)の出現といった前兆があるものと理解されます。
- 神の怒り前携挙説や患難期後携挙説とも共通
- 黙示録7:14の「大きな患難を経てきた者たち」が携挙された聖徒を指すものと認識されます。よって、携挙は患難期の途中で起こるものと理解されます。
- 神の怒り前携挙説と共通
- ダニエル7:25; 9:27; 黙示録12:14; 13:5などに基づき、最後の7年間は中間点で区分されることが強調されます。患難期の変わり目である中間点が、携挙のタイミングとして相応しいと考えられます。
- マタイ24:4–35では前半(4–14節)で戦争、災害、迫害、背教といった人間やサタンによりもたらされる苦難が述べられていますが、15節以降の後半では神による直接的裁きが強調されているものと理解されます。よって、患難期の前半は人間やサタンが信者にもたらす苦難の期間、後半は神の怒りによる裁きの期間と見なされます。信者は神の怒りを免れるため(ロマ5:9; Ⅰテサ1:10)、患難期の中間点が携挙のタイミングとして相応しいと考えられます。
- 黙示録6章以降、神の怒りの到来が宣言されるのは、子羊が第六の封印を解いたときです(6:16–17)。よって、神の怒りは患難期の途中から下されるという理解が補強されます。
4−3.Pre-Wrath Rapture View(神の怒り前携挙説)
(1)定義
- 地上再臨前最後の7年間の終盤で神の怒りの裁きが下される直前に携挙が起こるとする見解のことです。
(2)主な特徴
- ほとんどの支持者はダニエル書や黙示録に基づき、終末における7年間の枠組みを支持しています。ただし、「患難」または「大いなる患難」といった用語は7年間全体ではなく、後半の3年半に適用することが相応しいと理解されています
- 神の怒りの裁きは7年間の終盤に下されるのであり、「主の日」は7年間終盤の裁きの期間を指すものと理解されています。
- キリストの再臨は携挙と地上再臨の二段階で理解されます。
- 患難期前携挙説、患難期中携挙説と共通
- 終末に関する聖書箇所で「迫害の中でも忍耐するように」という励ましが多くある事実を重視し、教会が終末的な苦難(患難期)を経験すると理解します。
- 患難期中携挙説、患難期後携挙説と共通
- 携挙が(7年間終盤の)どこで起こるのか具体的な日付や年は分からないが、終わりの前には通るべき兆候もあるという形で、マタイ24章の全体的なメッセージを調和させることが重視されます。
(3)聖書的・神学的根拠の例
- 携挙はいつ起こるか分からない差し迫った出来事ではなく、Ⅱテサロニケ2:1–4にあるような教会の背教や「不法の者」(反キリスト)の出現といった前兆があるものと理解されます。
- 患難期中携挙説や患難期後携挙説とも共通
- 黙示録7:14の「大きな患難を経てきた者たち」が携挙された聖徒を指すものと認識されます。よって、携挙は患難期の途中で起こるものと理解されます。
- 患難機中携挙説と共通
- マタイ24:29–31では「苦難の日々の後」に、天使が「人の子が選んだ者たちを集め」ると言われています。後者の出来事は携挙と同定され、したがって携挙は終末の患難の日々がある程度経過した後に起こると理解されます。
- ローマ5:9やⅠテサロニケ1:10などから、信者は神の怒りによって下される裁きに定められてはいないので、携挙は教会が終末的な裁きを免れるための出来事だと理解されます。よって、携挙と地上再臨の間には一定の期間があると認められます。
- 患難期前携挙説、患難期中携挙説と共通
- Ⅰテサロニケ4:13–5:10では携挙と主の日が続けて語られています。よって、患難期前携挙説と同様に、携挙は信者が主の日に下される怒りの裁きから守られるために起こる出来事だと理解されます。ただし、それが最後の7年間や大患難の前とは明言されていないので、患難期前携挙説には至りません。
- Ⅰテサロニケ4–5章から、携挙と主の日はキリストの来臨に伴う二つの側面であると理解されます。よって、両者はともに、地上再臨と同時ではなくとも、非常に近い時に起こる出来事だと理解されます。
- 黙示録6章以降、神の怒りの到来が宣言されるのは子羊が第六の封印を解いたときです(6:16–17)よって、神の怒りは患難期の途中から下されるという理解が補強されます。
- 患難期中携挙説と同様
- 上記より、神の怒りが地上に下る主の日は、第七の封印が解かれることで始まり、ラッパの裁きや鉢の裁きを含むものと考えられます。よって、携挙は第六の封印が解かれた後、そして主の日の始まりを告げる第七の封印が解かれる前に起こるものと理解されます。
- 第七の封印(ラッパの裁き)から患難期の後半が始まると考える場合、この点は患難期中携挙説の根拠となります。神の怒り前携挙説の場合、第七の封印は患難期の後半に入った後のどこかで解かれると理解されます。
4−4.Post-tribulation Rapture View / Posttribulationism(患難期後携挙説)
(1)定義
- 携挙は終末に起こる大いなる患難の後、キリストが地上に再臨するのと同じタイミングで起こる一つの出来事だとする見解のことです。
(2)主な特徴
- ダニエル書や黙示録に基づく終末的7年間の枠組みが支持されることもありますが、この枠組み理解に批判的な人々も多いです。
- 終末に関する聖書箇所で「迫害の中でも忍耐するように」という励ましが多くある事実を重視し、教会が終末的な苦難(患難期)を経験すると理解します。
- 患難期中携挙説、神の怒り前携挙説と共通
- 携挙と地上再臨の一体性が強調され、ほとんどの場合、二段階の再臨という概念は聖書で明示されていないものとして否定されます。
(3)聖書的・神学的根拠の例
- マタイ24:29–31により、まず終末的な苦難(患難)があり、その後にキリストが雲に乗って来られ(再臨)、そのときに選ばれた者たちが集められます。この記述から、終末的患難を経た後のキリストの再臨と携挙は同じタイミングの出来事であると理解されます。
- 携挙はいつ起こるか分からない差し迫った出来事ではなく、Ⅱテサロニケ2:1–4にあるような教会の背教や「不法の者」(反キリスト)の出現といった前兆があるものと理解されます。
- 患難期中携挙説や神の怒り前携挙説とも共通
- Ⅰテサロニケ4:13–17の携挙が文字通りに起こるとしても、この出来事は再臨や聖徒の復活と関連しているため(15–16節)、キリストの地上再臨とそれに続いて起こる復活と同じ出来事と考えるのが自然だと理解されます。
- Ⅰテサロニケ4:17の「(主と)会う」に使われている動詞アパンテーシス(ἀπάντησις)は、訪問に来た皇帝や有力者を出迎える場面で使われることがありました。この背景が強調されて、Ⅰテサロニケ4:17の記述は信者がキリストを出迎え、ともに地上へ行くという意味合いで理解されます。信者が空中で主と会い、そのまま天へ引き上げられるとは理解されません。
- 黙示録3:10bの「……試練の時には、わたしもあなたを守る」という表現は、使われているギリシャ語表現から、試練の中で「あなたを守る」と理解するのが自然だと理解されます。
- ヨハネ16:33や使徒14:22など、新約では教会が地上で苦難を経験していくことが繰り返し教えられています。終末にて特別な苦難の期間があるとしても、その苦難の中でキリストを証していくのが教会の使命であると理解されます。
- ローマ5:9やⅠテサロニケ1:10によれば信者は神の怒りに定められていませんが、携挙を信者が怒りの裁きから救い出されるための出来事と考えるのは、Ⅰテサロニケ4:13–17に多くのことを読み込みすぎていると理解されます。仮にそうだとしても、キリストの再臨に伴って地上に下される裁きからの救出の出来事と捉えることもできると思われます。
4−5.Partial Rapture View(部分携挙説)
(1)定義
- 携挙を一度きりではなく複数の段階からなる出来事と捉え、最初の携挙では主に忠実で霊的な備えが整っている信者が引き上げられ、他の信者は残りの携挙で引き上げられると考える見解のことです。
(2)主な特徴
- 基本的には終末における7年間の枠組みが支持されていると思われますが、現在この立場を支持する人々の間での実情は不明です。
- 携挙は少なくとも以下の2段階で起こると理解されます。
- 第1段階:主に忠実で、霊的な備えが整っている信者たちの携挙
- 第2段階:地上に残され、苦難を経て整えられた信者たちの携挙
- 基本的に、第1段階の携挙は患難期の前に起こり、第2段階以降の携挙は患難期の途中または最後で起こると理解されます。
- よって、携挙のタイミングの理解だけでいえば、他の携挙説の橋渡し的な見解といえるかもしれません*3。
- 信者が携挙にあずかる条件は救われているかどうかだけではなく、日々の信仰生活の歩み方(神への忠実さなど)も影響すると理解されています。よって、各段階の携挙は、その時々に応じて霊的な準備が整った信者のグループを引き上げるために起こる出来事とみなされます。
- 各段階の携挙で取り残された信者も、基本的には救われている人々だと理解されています。しかし、世との妥協や霊的な怠慢などのゆえに、患難期前や途中の携挙から取り残される信者もいると理解されます。
- この見解において、患難期は取り残された不信者や信者への裁きというだけではなく、残された信者の信仰が練られていくための期間ともみなされます。
(3)聖書的・神学的根拠の例
- 新約では多くの箇所で、キリストの来臨に関連して「用心していなさい」(マタ24:44)、「目を覚ましていなさい」(マタ25:13; マコ13:33; ルカ21:36; Ⅰテサ5:6)といったように「備え」が呼びかけられています。
- マタイ24:40–44の教えに出て来る畑にいる二人と臼をひいている二人は、同じ場所で同じ仕事に就いていることから、それぞれ二人とも信者を表していると理解されます。その流れで「あなたがたは用心していなさい」と言われていることから、取られる一人は準備ができていた信者、残される一人は準備ができていなかった信者だと考えられています。
- 同様に、マタイ25:1–14に出て来る「それぞれともしびを持って花婿を迎えに出る、十人の娘」も信者を表しており、賢く「用意ができていた娘たち」は先に携挙される信者、残りの「愚かな娘たち」は患難期に取り残される信者のことだと理解されます。
- ルカ21:36では、苦難の日で「必ず起こるこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈っていなさい」と言われています。患難期から逃れるためには「目を覚まして祈る」ことが必要であるため、信者のうち目を覚まして主を待ち望むことができる人々だけが携挙によって患難期を逃れられると理解されます。
- 患難期前携挙説で根拠とされた黙示録3:10では「あなたは忍耐についてのわたしのことばを守ったので、……わたしもあなたを守る」と言われています。ここから、患難期前の携挙は、フィラデルフィア教会のように忍耐して歩んでいる忠実な信者への報賞であるとみなされます。
- 黙示録2–3章に出て来る7つの教会には、忠実な教会もあれば、悔い改めなければ裁きを受けると警告されている教会もあります。不忠実な教会への裁きは「大きな患難」とも言われていることから(黙2:22)、フィラデルフィア教会のように患難期前に携挙されるタイプの信者もいれば、患難期に取り残されて練りきよめられていくタイプの信者もいると理解されます。
雑感
こうして各見解を一度に整理してみると、携挙論の構築には救い、復活、苦難、神の怒り、主の日、終わりの日といった様々な聖書神学的要素が複雑に絡み合っていることがよくわかりました。
中でも勉強してみて面白かったのは神の怒り前携挙説です。特にハルトバーグ(Hultberg)やカーシュナー(Kurschner)の論考は、どういう前提・釈義の違いで患難期前・中・後説との違いが出てくるかが、読んでいてわかりやすかったです。患難期前説に立つヘネブリー(Henebury)は「[怒り前説]は他のアプローチに対して深刻な課題を提起しています。真剣に受け止めるに値するものです」と述べていますが*4、同意です。あとハルトバーグやカーシュナーに関しては、ポスト代替主義のイスラエル論や前千年王国説に関する学術的な貢献も無視できません*5。
そして、怒り前説との対話を踏まえてか、2010年代以降の患難期前説の論考は釈義的な充実度が増してきている印象で(特に、参考文献で挙げているブレイジング[Blaising]、クラクストン[Claxton]、プラット[Pratt]の著作など)、個人的には嬉しいところです。
参考文献
終末論全般
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- Grudem, Wayne A. Systematic Theology: An Introduction to Biblical Doctrine. Second edition. Grand Rapids: Zondervan, 2020.
- MacArthur, John F., and Richad L. Mayhue, eds. Biblical Doctrine: A Systematic Summary of Bible Truth. Wheaton, IL: Crossway, 2017.
総論
- Archer Jr., Gleason L., ed. Three Views on the Rapture: Pre-, Mid-, or Post-Tribulation. Grand Rapids: Zondervan, 1984.
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- ________. “The Return of Christ.” The Gospel Coalition.
- ________. “The Tribulation and the Antichrist.” The Gospel Coalition.
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- Feinberg, John S. “Arguing About the Rapture: Who Must Prove What and How?” Pre-Trib Research Center.(※同一内容:“Arguing for the Rapture: Who Must Prove What and How?” in When the Trumpet Sounds, eds. Thomas Ice and Timothy Demy [Eugene, OR: Harvest House, 1995], 187–210.)
- Henebury, Paul Martin. “Trying to Get the Rapture Right (1).” December 30, 2014.
- ________. “Trying to Get the Rapture Right (2).” January 6, 2015.
- ________. “Trying to Get the Rapture Right (3).” January 15, 2015.
- ________. “Trying to Get the Rapture Right (4).” January 27, 2015.
- ________. “Trying to Get the Rapture Right (11).” June 1, 2015.
- ________. “Trying to Get the Rapture Right (12).” June 18, 2015.
- Hultberg, Alan, ed. Three Views on the Rapture: Pretribulation, Prewrath, or Posttribulation. Grand Rapids: Zondervan, 2010.
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- ________. “The Seven-Year Tribulation.” Pre-Trib Research Center.
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- 岡山英雄「患難期と教会(黙示録の終末論)」福音主義神学、第31号、2000年、33–48頁
- ライト、N・T『驚くべき希望 天国、復活、教会の使命を再考する』中村佐知訳、あめんどう、2018年
4−1.Pre-Tribulation Rapture View / Pretribulationism(患難期前携挙説)
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4−4.Post-Tribulation Rapture View / Posttribulationism(患難期後携挙説)
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4−5.Partial Rapture View(部分携挙説)
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- Walvoord, John F. “Premillennialism and the Tribulation—Part V:Partial Rapture Theory.”(※同一内容:“Premillennialism and the Tribulation Part V: Partial Rapture Theory,” Bibliotheca Sacra 112 [July 1955]: 193–208.)
*1:Grudem, Systematic Theology, 1343.
*2:MacArthur and Mayhue, Biblical Doctrine, 829.
*3:患難期前携挙主義者であるウォルヴォード(Walvoord)は部分携挙説について、患難期後携挙説との共通理解を有する、患難期前携挙説のバリエーションであるとみなしています(“Partial Rapture Theory”)。
*4:Henebury, "Trying to Get the Rapture Right (12)."
*5:カーシュナーの学位論文は前千年王国説的な黙19:11–20:6の読み方を釈義的に主張したものです(Alan E. Kurschner, A Linguistic Approach to Revelation 19:11–20:6 and the Millennium Binding of Satan, Linguistic Biblical Studies 23 [Leiden: Brill, 2022])。また、彼とスタンリー・ポーターの共同編集による『The Future Restoration of Israel: A Response to Supersessionism』(McMaster Biblical Studies Series 10, Eugene, OR: Pickwick, 2023)はポスト代替主義のイスラエル論に関する重要な論文集で、中でもカーシュナーによる章("Should the 144,000 in Revelation 7:3–8 Be Identified as the Great Multitude in 7:9–17? A Response to Gregory K. Beale," pp. 143–59)とハルトバーグによる章("The Future Restoration of Israel: Some Theological Considerations," pp. 160–76)は、同書のハイライトの一つと言って良いと思います。