「恥の文化」からの聖書神学、ついでに遠藤周作と内村鑑三について。
去年から遠藤文学の流れで記事を書こうと思っていたのだけれど、中々まとめられなかったテーマがいくつかある。そういうテーマのひとつに関連して考えさせられたことがあって、まとまってはいないのだけれど今思っていることを忘れたくないのもあって、思いきって雑談的に書き残しておきたいと思う。無駄に長くなっちゃったけど……。
続きを読む非置換神学者による注解書リスト〔随時更新〕
突然ですが、聖書研究の上で注解書は役に立ちますよね。私の場合は原語知識が乏しいので、New American CommentaryとExpositor's Bible Commentary(Longman and Garlandの改訂版)を中心にして、他のもっと詳しい注解書ともっと読みやすい(適用中心の)注解書を、1冊ずつくらい補助的に使っています。
それでも、当たり前ですが、聖書研究の中心は聖霊の導きの下で聖書本文をひたすら読み、釈義することです。…いやこれは重要なんでどれだけ強調しても足りないくらいだと思いますが、ここではそんな偉そうなこと続けるのやめましょう。私なんて最近ようやく、注解書を頼りに聖書研究を始める癖が抜けてきたばかりです。でもそうなってくると、自分の釈義がいかに至らないものであるかを痛感することも多くなり、注解書がヘルプしてくれることのありがたさが益々身にしみてわかってきたのも事実です。
それと聖書研究中に注解書の助けを借りるのって楽しくないですか?会ったこともない信仰の友と一緒に、聖書研究ができてるみたいで(友達のいなさそうな文章)
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