2016-04-01から1ヶ月間の記事一覧
前回の前後編記事の中で、「新約聖書による旧約聖書の使用法(もしくは引用法)」の中でも、「新約聖書の著者たちは当時(第二神殿期)のユダヤ教における解釈法(もしくは引用法)を用いていた」という見解を取り扱いました。 しかし、「新約聖書による旧約…
↓前編記事はこちらです。 balien.hatenablog.com 福音主義では、「旧約聖書は新約聖書に基づいて再解釈されるべきである」といった主張や、「新約聖書の啓示は旧約聖書のそれよりも優先されるべきだ」といった主張がなされることがあります。そういった聖書…
少々大げさなタイトルですが、これは福音主義神学においてよく議論されているテーマです。本記事では、この種の議論について、ごく一部ではありますが紹介させていただきます。 Arnold G. FruchtenbaumのYeshua: The Life of the Messiah from a Messianic J…
先日注文したArnold G. Fruchtenbaumの"Yeshua"が届きました。 前記事で「今回は参照文献が充実しているようだから買い」なんて言いましたが、ページをパラパラめくってみると、脚注の怒濤の情報量に笑ってしまいましたf^_^; これから読むのが楽しみです。 …
米国Ariel Ministriesのアーノルド・G・フルクテンバウム博士が,何年も前から「出すよ出すよ」と告知してた3巻ものの『メシアの生涯』解説書。 その第1巻がやっとの事で出版されたみたいです(早速Ariel MinistriesのHPから注文しました!)。 Ariel Minis…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 歴史的文法的解釈法についての覚書(4)|balien|note 「終末論についての覚書」シリーズを一旦お休みし,「歴史的文法的解釈法」についての展望をまとめたノートをご紹介しています。 今回は以下のトピックに示…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 歴史的文法的解釈法についての覚書(3)|balien|note 「終末論についての覚書」シリーズを一旦お休みし,「歴史的文法的解釈法」についての展望をまとめたノートをご紹介しています。 今回のトピックは以下の通…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 歴史的文法的解釈法についての覚書(2)|balien|note 「終末論についての覚書」シリーズを一旦お休みし,「歴史的文法的解釈法」についての展望をまとめたノートをご紹介しています。 今回のトピックは以下の通…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 歴史的文法的解釈法についての覚書(1)|balien|note お久しぶりです。「終末論についての覚書」シリーズが各千年王国論の紹介を終えたところで止まっていますが,ただいま各携挙論の紹介に向けて勉強を重ねてい…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 終末論についての覚書(4) 千年期に対する諸見解 – 3(無千年期説)|balien|note トピック 無千年期説 無千年期説の歴史的展開 無千年期説の聖書的根拠 無千年期説に対する評価 引用・参考文献 無千年期説 無千…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 終末論についての覚書(3) 千年期に関する諸見解 – 2(千年期後再臨説)|balien|note トピック 千年期後再臨説 千年期後再臨説の歴史的展開 千年期後再臨説の聖書的根拠 千年期後再臨説への応答 引用・参考文献…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 終末論についての覚書(2) 千年期に関する諸見解 – 1(千年期前再臨説)|balien|note トピック 千年期に関する諸見解 千年期前再臨説 千年期前再臨説とディスペンセーション主義 千年期前再臨説の聖書的根拠 千…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 終末論についての覚書(1) 終末論の定義|balien|note はじめに 最初に個人的な話をさせていただきますと,私が「聖書は神のことばである」という福音主義に向かったひとつのきっかけは,イエス・キリストの終末…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 ディスペンセーション主義の将来的課題:Michael J. Vlach『Dispensationalism: Essential Beliefs and Common Myths』レビューと共に|balien|note トピック はじめに ディスペンセーション主義の「Essential Bel…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 科学と実在論と神学と|balien|note トピック 『科学と実在論』 神学と実在論
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 再来のエリヤとバプテスマのヨハネの関係についての一考察(後編)|balien|note トピック 4.バプテスマのヨハネの登場とは別に将来エリヤが再来するという主張 4—1.教会教父たちの主張*1 4—2.John Darby…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 再来のエリヤとバプテスマのヨハネの関係についての一考察(前編)|balien|note トピック 1.はじめに 2.再来のエリヤおよびバプテスマのヨハネに関する聖書箇所の観察 2—1.旧約聖書におけるエリヤの再来お…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 ディスペンセーション主義とは何か?:おわりに──神の御言葉の探求という営み|balien|note トピック 1.「ディスペンセーション主義とは何か?」を改めて問うてみて 2.聖書解釈という科学に入り込むパラダイム…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 ディスペンセーション主義とは何か?(8) ディスペンセーション主義の発展形|balien|note 前回ダービーによって体系化されて以降のディスペンセーション主義の発展の歴史を確認し、〈ディスペンセーション主義…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 ディスペンセーション主義とは何か?(7) ディスペンセーション主義の体系化、そして発展と確立|balien|note 「ディスペンセーション主義とは何か?」の後半では〈ディスペンセーション主義の歴史的変遷〉を追…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 ディスペンセーション主義とは何か?(6) 宗教改革期における〈ディスペンセーション〉概念の発達|balien|note ディスペンセーション主義の定義を確認したことで「ディスペンセーション主義とは何か?」を考え…
※本記事は以下のnote記事からの引用です。 ディスペンセーション主義とは何か?(5) 教会教父たちの神学との比較|balien|note 第4回では、ディスペンセーション主義の持つ特徴をまとめ、さらにこれがどのような聖書解釈体系であるのか定義を試みました。…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 ディスペンセーション主義とは何か?(4) ディスペンセーション主義の定義|balien|note 第3回までで、(1)非ディスペンセーション主義神学者による〈ディスペンセーション主義〉の定義、(2)ディスペンセ…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 ディスペンセーション主義とは何か?(3) 〈ディスペンセーション〉の定義|balien|note 前回、チャールズ・C・ライリーら複数のディスペンセーション主義神学者が、この立場の「必須条件」についてどのように理…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 ディスペンセーション主義とは何か?(2) ディスペンセーション主義の必須条件|balien|note 第1回では、ディスペンセーション主義を採用していない2名の神学者を取り上げ、彼らがディスペンセーション主義をど…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 ディスペンセーション主義とは何か?(1) 非ディスペンセーション主義者による定義|balien|note これより何回かかけて、「ディスペンセーション主義とは何か」ということを取り上げていきます。ディスペンセー…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 ディスペンセーション主義とは何か?:はじめに|balien|note これから、このマガジン内では「ディスペンセーション主義とは何か」と題して、〈ディスペンセーション主義(Dispensationalism;経綸主義とも訳され…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 福音派における普遍的問題として〈ユダヤ人伝道〉を考える:『エルサレムの平和のために祈れ』中川健一著|balien|note 中川健一『エルサレムの平和のために祈れ─続ユダヤ入門─』(ハーベスト・タイム・ミニストリ…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。 祈りに力はあるのか?──聖書における「祈り」に関する一考察|balien|note 「神は全てに対して不変のご計画を持っておられるなら、祈りには何の意味があるのだろうか?」 クリスチャンであるなら、誰しもがこのよ…
※本記事は以下のnote記事からの転載です。また、元記事は私個人のFacebookアカウントにおける発言からの転載になっています。 福音主義神学への一種の失望|balien|note 最近ちょっと、ショックだったこと……福音主義神学への一種の失望を感じました。 特定…