読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

balienのブログ

キリスト教(神学)に関する雑感・情報などをメインにまとめていきたいと思います。

ディスペンセーション主義とは何か?(6)宗教改革期における〈ディスペンセーション〉概念の発達

※本記事は以下のnote記事からの転載です。

ディスペンセーション主義とは何か?(6) 宗教改革期における〈ディスペンセーション〉概念の発達|balien|note

 ディスペンセーション主義の定義を確認したことで「ディスペンセーション主義とは何か?」を考えていくことはある程度達成できたとは思いますが、現在の福音派の文脈の中でこの立場をどう理解していくべきか考えていく材料を提供するという意味で、シリーズ後半では〈ディスペンセーション主義の歴史的変遷〉を追っています。
 まずはディスペンセーション主義が19世紀にジョン・N・ダービーによって体系化される前の神学との関連性を考えていくことを目的に、前回はニカイア公会議以前の教会教父たちの神学との比較を試みました。その結果として、ディスペンセーション主義の特徴のひとつである「時代区分とそれに伴う神の経綸(統治原則)の変化」という考え方は初期教父たちの中にも見られることがわかりました。
 ディスペンセーション主義のルーツについてさらに詳細に考察を重ねようとすると、本来は歴史的に字義的解釈を採用してきた学派(たとえばアンテオケ学派やヴィクトル学派)の聖書解釈的立場とディスペンセーション主義との比較が必要になります。しかし今回は近世まで時代を下り、現代のプロテスタント神学の基盤が生み出された宗教改革期の事例を見ることにいたします*1。引き続きダービー以前の神学に着目し、〈時代区分とそれに伴う神の経綸(統治原則)〉の概念、すなわち〈ディスペンセーション〉という概念が宗教改革期にどのように展開されたのか、このシリーズで何度も登場しているライリーの調査から確認してみましょう。

 トピックは以下の通りです。

1.ピエール・ポワレ(Pierre Poiret)

 ライリーはダービー以前のキリスト教神学におけるディスペンセーション主義と類似した〈ディスペンセーション〉概念の発展について観察する上で、宗教改革期の事例を調査しています(Ryrie 1995: 74-77)。
 まずはじめに、彼はフランスのキリスト教神秘主義者・哲学者であるピエール・ポワレ(1646―1719)について紹介しています。ポワレは著書『L’ Économie Divine』(神の経綸)において*2、千年期前再臨主義に基づいた、かなりディスペンセーション主義に近い主張を行っています(Ryrie 1995: 74-75 *3)。彼はその著書の中で、神の統治原則の移行に伴う時代の流れを人の成長にたとえ、以下のようにディスペンセーションを区分しています(Ryrie 1995: 74)。

  1. 幼年期:洪水まで
  2. 少年期:モーセまで
  3. 成長期:預言者たちまで
  4. 青年期:キリストの初臨まで
  5. 成人期:教会時代前半
  6. 老年期:教会時代後半(人類の衰退期)
  7. 全ての革新:千年王国

 ライリーによるアーノルド・H・エラートの"A Bibliography of Dispensationalism"からの引用によると、ポワレは7番目のディスペンセーションでは字義通り千年間に渡って再臨のキリストが肉体的臨在を伴って統治される千年王国を想定しており、彼はその王国でイスラエル民族が再び集められ新生させられることを信じていたようです。これはキリストの千年期前の再臨におけるイスラエルの民族的救いを主張する契約神学的千年期前再臨主義のイスラエル論(Fruchtenbaum 1992: 295-310)、またディスペンセーション主義のイスラエル論(id. 518-559)に非常に近いものです。詳細にディスペンセーションを区分しているという点からは、ポワレは後のディスペンセーション主義に非常に近い解釈学的立場を取っていた可能性も考えられます。

2.アイザック・ウォッツ(Isaac Watts)

 聖歌158番『十字架にかかりし』の作者としても知られる英国の牧師*4であるアイザック・ウォッツ(1674―1748)もまたディスペンセーションという概念を展開しています(Ryrie 1995: 76-77)。彼は随筆The Harmony of all the Religions which God ever Prescribed to Men and all his Dispensations towards themの中で、後にディスペンセーション主義を体系化・発展させたダービーやサイラス・I・スコフィールドの理解に非常に近いディスペンセーションの定義を記しています。ウォッツによるディスペンセーションの定義の中には、啓示に伴う神による人類の統治原則の移行、またそれに伴う人間側の責務といった要素が含まれています。これは現代のディスペンセーション主義における定義の中にも見られる要素です。なおスコフィールドはディスペンセーションという用語自体に〈時代〉という概念が含まれるものと考えていましたが(Fruchtenbaum 1992: 319-320)、この考えはウォッツの定義にも見られます。
 また、ウォッツは以下のようにディスペンセーションを区分しました(Ryrie 1995: 76)。

  1. 無垢のディスペンセーション
  2. 恵みの契約に基づくアダムのディスペンセーション
  3. ノアのディスペンセーション
  4. アブラハムのディスペンセーション
  5. モーセのディスペンセーション
  6. クリスチャンのディスペンセーション

彼は千年王国をディスペンセーションとしては考えていませんが、それ以外では(第1回でも紹介した)スコフィールドによるディスペンセーションの7区分と類似していることがわかります。

3.まとめ

 以上のことより、宗教改革期においてダービーやスコフィールドのものに非常に近いディスペンセーション理解とその区分が生み出されていたことがわかりました。初期教父たちが有していた「教会は新しいイスラエルである」という理解を根本的に覆すようなイスラエル論の変革は見られないものの、ディスペンセーション主義との比較の上で、幾つかの点については特筆に値します。
 第一に、ポワレの場合、ディスペンセーションの区分を試みている上に、千年王国におけるイスラエルの民族的救いという、契約神学的千年期前再臨説とディスペンセーション主義に共通するイスラエル論を保持していました。  第二に、ウォッツのディスペンセーションの定義および区分は、後のスコフィールドによるものと類似していることがわかりました。
 したがって、歴史神学的な観点からディスペンセーション主義は宗教改革期の思想とのある程度の連続性を有していると見做すことができるものと考えられます。

4.次回以降の展開

 次回はついにダービーによるディスペンセーション主義の体系化を取り上げ、またスコフィールドによる発展からルイス・S・シェーファーをはじめとする20世紀の神学者たちによる確立までを概観していきます。さらに第8回で、ディスペンセーション主義が発展する上で登場した超ディスペンセーション主義(ultra dispensationalism)と漸進的ディスペンセーション主義(progressive dispensationalism)について簡単に取り上げます。
 以上で「ディスペンセーション主義とは何か?」シリーズは一旦終了とする予定です。

引用・参考文献

  1. Fruchtenbaum, Arnold G., Israelology: The Missing Link in Systematic Theology, Revised ed. (Tustin, CA: Ariel Ministries, 1992)
  2. Ice, Thomas D., “A Short History of Dispensationalism,” Article Archives (Liberty University, 2009), Paper 37.
  3. Ryrie, Charles C., Dispensationalism (Chicago: Moody Publishers, 1995)
  4. Showers, Renald E., There Really is a Difference: A Comparison of Covenant and Dispensational Theology (Bellmawr, NJ: Friends of Israel Gospel Ministry, 1990)
  5. ゴンサレス、フスト『キリスト教史』下巻、石田学、岩橋常久共訳(新教出版社、2003年)
  6. ラム、バーナード『聖書解釈学概論』村瀬俊夫訳(聖書図書刊行会、1963年)

*1:というよりも正直なところ、アンテオケ学派とヴィクトル学派についてはまだまだ勉強中である。アンテオケ学派を理解するためには霊的解釈を推し進めたアレクサンドリア学派との比較検討も必要であり、古代ギリシャ哲学の知識も要するために考察が進んでいない。またヴィクトル学派については手に入る資料が非常に少なく、文献調査に苦労しているのが実際的なところである。両学派の聖書解釈に関する詳しい文献をご存知な方がいらっしゃれば、ご教授いただければ幸いである。

*2:1687年にアムステルダムで出版され、1713年にロンドンにて全6巻が英語に翻訳された。この著作は元々予定論の教理を展開するために執筆され始めたものだが、組織神学の全体的な分野を包括した内容へと拡大していった。その神学的視点には神秘主義的な部分が見られるものの、基本的にはカルヴァン主義に基づいたものである(Ryrie 1995: 74)。

*3:Ehlert, Arnold H., “A Bibliography of Dispensationalism,” Bibliotheca Sacra, 101, (Jan 1944 - Jan 1946): 449-450 からの引用である。

*4:ライリーはウォッツがアリウス主義的傾向にあった可能性を指摘している(Ryrie 1995: 76)。