軌跡と覚書

キリスト教に関する雑感とか。

「誕生日の夜の回想」

はじめに

19歳になろうとしていた頃、加藤宗哉と富岡幸一郎の編集による『遠藤周作文学論集 文学篇/宗教篇』(講談社、2009年)を手に入れた。とりわけ『文学篇』の中にあった「誕生日の夜の回想」というエッセイは、私の心を掴んで離さなかった。それ以来、自分の誕生日が近づくとこのエッセイを開くのが恒例となっている。ほとんどの場合、その日が近づくとこのエッセイを繰り返し読み、心に浮かんだ考えについて日記を残し、その都度関連する書籍を読み漁る。そして、誕生日当日にもう一度このエッセイを読み、その時点までの思いをまとめて書き残すのである。

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今、ヨハネの手紙第二を学ぶ意義

たまに「ブログのタイトル安直すぎない?」などと言われることがあり、そうなんだよな〜と思いつつ怠けていたのですが、思い切って変えてみました。また安直なタイトルだし意味不明な感もなくはないですが、「ブログのタイトルってそんなに覚えてもらえない」なんてことも言われておりますし、自分の好きな単語を並べてみた次第です。

さて、最近、来月からヨハネの手紙第二の学び会に突入していくに当たって、「今、ヨハネの手紙第二を学ぶ意義ってなんだろう」なんてことを考えておりました。その考えていた内容を、手紙の背景なんかもふまえて、ここに少しくしたためたいと思います。

トピック

  • 手紙の背景
  • 手紙を学ぶことの重要性
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福音派による文学論への待望

今年の1月、マーティン・スコセッシ監督による映画化作品の公開もあり、遠藤周作の『沈黙』が再び脚光を浴びました。私たちのようないわゆる「福音派」に属するクリスチャンの間でも、SNSで、ブログで、あるいは説教の中で、『沈黙』に対する様々なレスポンスが提示されてきました。

その時もそうだったのですが、福音派のクリスチャンの間で遠藤周作が話題に上るとき、ほとんどの議論は「遠藤的キリスト教観の是非」や「日本の風土と伝道」といった話題に帰結してしまいます。福音派の中で遠藤が論じられるときに常に見過ごされているのは、彼がまさに人生をかけて取り組んできた、「キリスト教と文学」というテーマなのです。

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「ヨハネの手紙第一」聖書研究の準備を終えての感想

どうもお久しぶりです。
年度が明けて早速記事を書いてから、こんなことも書きたいな〜あんなこといいな〜できたらいいな〜とか考えてたら、いつの間にか上半期も終わりに近づいちゃってました。

去年の8月から、ヨハネの手紙第一の学び会のご奉仕をさせていただいておりまして、この間、ようやくその下準備が全て完了しました(学び会自体はまだまだ続いているのですが)。
そこで色々と感じたことがありましたので、ここに書き残しておきたいと思います。

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イスラエルにとって本当に必要なもの

知人のFacebookの投稿で、ユダヤ人伝道団体であるONE FOR ISRAELのブログから、以下の記事がシェアされていました。

www.oneforisrael.org

福音派のクリスチャンの中には、イスラエルへの支援やユダヤ人伝道に関心を寄せている者が少なくありません(そして、私もその一人です)。しかし、時折、イスラエル国という国家自体を過大評価したり、ユダヤ人が「選ばれた民」であるという事実を歪曲して捉え、彼らへの伝道の必要性を否定したりする傾向が見られます。(私自身の身近では本当にごく稀に見られるくらいなのですが…)

この記事は、イスラエル国内の現状や、ユダヤ人への伝道の必要性を強く訴えています。これは、クリスチャンの間で広く共有されるべき情報ではないかと思います。

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