軌跡と覚書

キリスト教に関する雑感とか。

メシアニック・ジュー運動に関する参考文献紹介

「メシアニック・ジュー運動」(Messianic Jewish Movement)はキリスト教界全体をリードする運動ではない。しかし、キリスト教界において「メシアニック・ジュー」たちの存在感は日に日に大きくなっている。近年では聖書神学の分野における彼らの貢献も目立ってきてはいるが(以下の「聖書─神学的文献」を参照)、特に注目すべきはユダヤ人伝道における彼らの役割の大きさであろう。

また、日本でもたとえばローザンヌユダヤ人伝道協議会(LCJE)日本支部の協賛団体などによって、「メシアニック・ジュー」の視点を活用した聖書研究が提唱されている。たとえば、ハーベスト・タイム・ミニストリーズが提唱する「ユダヤ的/ヘブル的視点による聖書解釈」はその一例である。

私たちの理念 | ハーベスト・タイム・ミニストリーズ

こうした「メシアニック・ジューの視点」(Messianic Jewish perspectives)による聖書釈義は日本の福音派クリスチャンたちの間で論争の種になることも多い。したがって、もし私たちが「メシアニック・ジューの視点」について何らかの問題意識を持つならば、その視点を活用することに賛同するのであれ反対するのであれ、メシアニック・ジュー運動そのものについても考えていくことは大いに有益である。

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イスラエル聖書大学の講師らによる著書が発売されました

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"Reading Moses - Seeing Jesus" (Book)

本ブログでは以前「イスラエルにとって本当に必要なもの」と題して、ONE FOR ISRAELメディア宣教部門ディレクターであるエイタン・バール(Eitan Bar)氏の記事をご紹介しました。ONE FOR ISRAELはイスラエルに拠点を置くメシアニック・ジューたちによる宣教団体であり、YouTubeなどを利用したネットメディア伝道、またイスラエル国内の次世代リーダーを養成していくための神学教育(イスラエル聖書大学 Israel College of the Bible)に力を注いでいます*1

そのバール氏、ONE FOR ISRAEL/イスラエル聖書大学の代表であるエレズ・ソレフ氏、そしてイスラエル聖書大学の講師であるセツ・ポステル氏による著書が日本のAmazonでも購入できるようになりましたので、今回の記事はそのご紹介になります。

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2018年に読みたい本リスト

前回、前々回の記事で2017年分は締め括りにしようと思っていたのですが、今夜が思っていた以上に暇で、かつ大掃除をする気力も起こらず(夜中だしね、掃除機とかうるさくて迷惑だから!)。
で、前回の記事で問題にしたことに取り組み始めようかと本棚を物色してたら積ん読になってる本が結構あって、「来年こそは読もう!」と堅い堅い決意をしながら、気づいたらこんな記事を書き始めていたのであります。

普段あんま遊びに出るような人間じゃないんで、給料から遊び用に割り当ててる分の半分以上は本に消えてるんですけど、Amazonのほしいものリストを改めて見てみると後回しになってるものを結構発見。そういうのも含めて、2018年に(こそ)絶対読むぞ!という堅い堅い決意をここに宣言いたします。

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患難期前携挙主義者が取り組む必要のある諸問題

今年考えたことは今年のうちに言葉に残して、来年考えるテーマとしたい。
昨夜アップした記事は文学に焦点を絞ったものでしたが、今回は神学、それも、このブログで幾度も取り上げてきた終末論に関するテーマです。

一昨年投稿した「終末論についての覚書」シリーズが千年王国論でストップしたままですが、それは携挙論に対する考察を深めていないからです。そもそも各論の要約だけなら早く仕上げればいい話なのですが、やっぱり自分で考えていないと、どうも手を出しづらい。

それで、今自分が立っている患難期前携挙説の立場から、この理論に関わる前提で、まだ自分で考えていないものに疑問を投げかけてみました。この立場に特有な聖書神学的問題は、以下の内容で大体包括されると思います。来年は、記事としてまとめるかどうかはともかく、こういった問題にも真剣に取り組んでみたいですね。

トピック

  • はじめに
    • 携挙のタイミングに関する諸見解における共通項
    • 携挙のタイミングについて考察する意義は何なのか?
  • 前提となる諸概念
  • 序論的問題
  • イエス・キリストの再臨に関わる問題
  • 患難期に関わる問題
  • 教会論に関わる問題
  • その他の諸問題
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三浦綾子と「あかしの文学」について

2017年もあっという間にクリスマスが過ぎ、気づけば本当に残り僅かとなりました。今年考えたことは今年のうちに言葉にしておいて、来年考えるテーマとしたい。そんなことを考えつつ、思い出すのはやっぱり聖書と文学を学ぶ中で浮かんできた問題。文学について浮かんできたのは、やはりキリスト者と文学の関係についての問題です。特に今の今まで心に残っているのは、遠藤文学……ではなくて、実は三浦綾子の文学だったりします。

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