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ディスペンセーション主義とは何か?(7)ディスペンセーション主義の体系化、そして発展と確立

※本記事は以下のnote記事からの転載です。

ディスペンセーション主義とは何か?(7) ディスペンセーション主義の体系化、そして発展と確立|balien|note

 「ディスペンセーション主義とは何か?」の後半では〈ディスペンセーション主義の歴史的変遷〉を追っています。これまで、第5回ではニカイア公会議以前の教会教父たち(特に殉教者ユスティノス、エイレナイオス)がディスペンセーション区分の概念、および教会とイスラエル民族の区分という概念を持っていたことを確認しました。そして、第6回では宗教改革期にポワレ、ウォッツといった人々によって細かなディスペンセーション区分やその概念の発展がなされたことを確認しました。特にポワレの思想の中に千年期前再臨と千年王国でのイスラエルの民族的救いという概念が見られたこと、またウォッツのディスペンセーションの定義および区分はスコフィールドによるもの(本稿にて後述)と類似していることは、特筆に値します。
 今回はついに19世紀におけるジョン・ネルソン・ダービーによるディスペンセーション主義の体系化を取り上げ、またこの聖書解釈体系がどのように発展、確立されてきたのかを概観します。

 トピックは以下の通りです。

1.ダービーによる体系化

 これまでに、ディスペンセーション主義という聖書解釈体系が持つ主要な概念のルーツは既に教会史初期、宗教改革期に見られることを確認しました。しかし、聖書解釈体系として〈ディスペンセーション主義〉を最初に提唱したのは、疑いなくジョン・ネルソン・ダービー(1800–1882)だと言えるでしょう(Ryrie 1995: 77、マクグラス 2002:768)。彼は英国の牧師・神学者プリマス・ブレザレン派の創設者として知られています。ダービーは聖書の「霊的解釈」はあくまで人間の発案したものであり、聖書に対しては徹底的に字義的解釈を行なうべきであると信じていました(Ice 2009, 37: 5)。その結果、漸進的啓示の理解に基づいて彼が主張したディスペンセーション区分は以下の通りです(Ryrie 1995: 78)。

  1. 大洪水までの理想的状態
  2. ノア
  3. アブラハム
  4. イスラエル
    1. 律法の下
    2. 祭司制度の下
    3. 王たちの下
  5. 異邦人
  6. 聖霊
  7. 千年王国

 ダービーによるディスペンセーション区分は、後述するスコフィールドが提唱したものとは明らかに異なります。この事実から、ライリーは「もしスコフィールドが何者かの考えを引用したのなら、それはダービーではなくウォッツのものである」と指摘しています(Ryrie 1995: 78)。しかし、体系化されたディスペンセーション主義と、何よりもイスラエル民族と教会を区分し、将来イスラエルの民族的回復*1が起こることを主張したという点でダービーは現在のディスペンセーション主義の父祖であるといえるでしょう。ダービーは神の救済計画は二つの神の民(イスラエルと教会)にとって調和したものであると考えました。以前「地上的『神の民』であるイスラエルと天上的『神の民』である教会」というディスペンセーション主義の概念に対するラッドの批判を取り上げましたが、この概念はダービーに紀源を持っています(Ice 2009, 37: 6)。ただし、この概念が現在のディスペンセーション主義者の間で主流なものではないことは、既に第2回で指摘した通りです。
 ダービーは米国とカナダへ計7回渡航しており、そこでJ・H・ブルックス(長老派)、A・J・ゴードン(バプテスト派)といった牧師に影響を与え、米国におけるディスペンセーション主義勃興に大きく関与しました。これに関連して、アイスはブルックスを「米国におけるディスペンセーション主義の父」と呼んでいます(Ice 2009, 37: 6)。

2.発展と確立

 ダービーによる提唱以降、ディスペンセーション主義の発展と確立に対して最も多大な影響を及ぼしたのは、米国のサイラス・I・スコフィールド(1843–1921)とルイス・S・シェーファー(1871–1952)の2名であると考えられます。
 スコフィールドは1880年代にブルックスから教えを受けたことで、ディスペンセーション主義者となりました。彼は会衆派と長老派の両方で牧会をしていたことでも知られています。多くの米国の教会指導者やスコフィールドに影響を与えたという意味では、確かにブルックスが「米国におけるディスペンセーション主義の父」でしょう。しかしダービーからブルックスに伝えられたディスペンセーション主義を現在の状態に近い形*2へ発展させたのはスコフィールドです。彼は1909年に『スコフィールド引照付聖書』を出版し、その発展させられたディスペンセーション主義を広め、米国における根本主義(fundamentalism)に大きな影響を及ぼしました(ゴンサレス 2003:253)。ダービーやスコフィールドらがディスペンセーション主義を体系化・発展させた19世紀には、真理に対する聖書の絶対的権威が(多かれ少なかれ)否定された自由主義(liberalism)と根本主義の激しい「闘争」が繰り広げられました*3。その「闘争」におけるディスペンセーション主義の役割について、安黒(2014:106)は「極端な字義主義を生起させ、極端な聖書解釈をもたらした」という「負の遺産」を指摘しつつ、「霊感された書物としての聖書観が危機に瀕したときに、その防御の戦いにおいて『正の貢献』があった」ことを認めています。
 このように米国の根本主義がディスペンセーション主義と深い関わりを持つようになった(マクグラス 1995:38)要因のひとつは、スコフィールドの働きにあるといえます。彼が提唱したディスペンセーションの区分は現在も多くのディスペンセーション主義者に採用されており、先にエリクソンによる記述でも確認したように、以下の7区分*4から成ります。

  1. 無垢のディスペンセーション:アダムの創造から堕落まで
  2. 良心のディスペンセーション:アダムの堕落から洪水まで
  3. 人間による統治のディスペンセーション:洪水からバベルの塔まで
  4. 約束のディスペンセーション:アブアハムからモーセの律法が与えられるまで
  5. 律法のディスペンセーション:モーセの律法が与えられてから教会誕生まで
  6. 恵みのディスペンセーション:教会誕生から千年王国の到来まで
  7. 御国のディスペンセーション:千年王国到来から永遠の秩序の到来まで

 続いて特筆すべきは会衆派の聖書教師でありスコフィールドの弟子であったシェーファーです。彼は全8巻から成るディスペンセーション主義を採用した組織神学書『Systematic Theology』の著者として、また何よりも米国のダラス神学校の創始者かつ初代組織神学教授として有名です(Hannah 2009)。シェーファーは、ディスペンセーションに関する理解などの面でスコフィールドの考えを修正し*5、その聖書解釈体系をより現在のディスペンセーション主義の形へと近づけました。また、彼は1926年にディスペンセーション主義に基づいた主要教理解説書『Major Bible Themes』(聖書の主要教理)を出版しました。ここにおいて、古典的ディスペンセーション主義が確立されたといっても過言ではないでしょう。

 他に現在のディスペンセーション主義にとって重要な神学者として、ジョン・F・ウォルヴォード(1910–2002)が挙げられます。彼はダラス神学校の卒業生であり、シェーファーに続く二代目の学長となりました(Hannah 2009)。そして数多くの著作によりディスペンセーション主義を擁護し、特にディスペンセーション主義終末論の確立に貢献しました(Ice 2009, 88)。また患難期前携挙説をめぐるラッドとの論争でも有名であり、この論争の影響は現在もなお患難期前・後携挙主義両者の中に見ることができます*6
 ウォルヴォードと同時代のダラス神学校卒業生である著名なディスペンセーション主義者としては、彼と同じくシェーファーの教え子であったJ・ドワイト・ペンティコスト(1915–2014)がいます。また、1966年に『Dispensationalism Today』*7を出版したチャールズ・C・ライリーの名は非常によく知られています。特に『Dispensationalism Today』は現代ディスペンセーション主義を適切に説明している文献として、多くのディスペンセーション主義者によって活用されています。

 ディスペンセーション主義はその特有のイスラエル論からクリスチャン・シオニズムとの親和性が非常に高く、それはこの聖書解釈体系のひとつの特徴といえるでしょう*8。また、クリスチャンシオニズムだけではなく、広くユダヤ人伝道に対しても高い親和性を発揮します。特に「1980年代に入ってから顕著な形で広がり初め」たメシアニック・ジュイッシュ・ムーブメント(中川 1993:70-73)に対して、ディスペンセーション主義の果たした貢献は大きかったものといえるでしょう。その結果、この立場は20世紀になって急増したメシアニック・ジューの間でも(全般的にではありませんが)受け入れられました。現代のメシアニック・ジューたちの中で今なお影響力が強いディスペンセーション主義神学者としては、たとえば米国のバリー・R・リヴェンタールや、現JFJ(Jews for Jesus)代表のデヴィッド・ブリックナー、アリエル・ミニストリーズ創設者のアーノルド・G・フルクテンバウムなどが挙げられるでしょう。

3.まとめ

 以上で概観したように、ダービーによって体系化され、スコフィールドやシェーファーによって発展・確立されていったディスペンセーション主義は、米国の根本主義やメシアニック運動といった〈聖書信仰〉を強調するグループに受容されていきました。また、ペンテコステ派の歴史神学者であるメンジーズは根本主義運動と深く関係しているアメリカのペンテコステ派にもディスペンセーション主義の影響が及んだことを指摘しています(メンジーズ 2014:29-35)。
 一方「はじめに」で指摘したように、福音主義におけるディスペンセーション主義と他の神学的立場における対立は根深く、今なお続いています。これには、根本主義者たちは「聖書批評学」の完全否定のような反知性主義的傾向を有していたこと(ラッド 2014:5-8)、また国際世論におけるイスラエル批判が高まる中でディスペンセーション主義者がクリスチャン・シオニズム的態度を取り続けていること(Sizer 2004、安黒 2014)などが要因として挙げられるでしょう。しかし、この問題については聖書解釈上の討議だけではなく、evangelicalsとfundamentalistの間における対立(青木 2014*9)など、福音主義の歴史における感情的要素も含め、多くの要因が複雑に絡み合っていることが考えられます。
 原因はともかく、メンジーズの言葉を借りるならば、ディスペンセーション主義という聖書解釈体系に対しては「今日、……その特徴に苦言を呈することが流行となっている」のが現状です(メンジーズ 2014:33)。

4.次回の展開

 〈ディスペンセーション主義の歴史的変遷〉を狭義に捉えるならば、この第7回がまさに〈歴史的変遷〉の概観であります。シリーズ前半でこの聖書解釈体系の〈定義〉、また後半で〈歴史的変遷〉を論じてきたことの意義については、「おわりに」と題して最終回でもう一度確認したいと考えています。
 しかしその前に、第8回を使ってダービー以降のディスペンセーション主義の発展の上で登場した「超ディスペンセーション主義(ultra dispensationalism)」および「漸進的ディスペンセーション主義(progressive dispensationalism)」を簡単に紹介します。特に後者はディスペンセーション主義の歴史的変遷を考える上で重要なものですので、これらの立場を扱った上で〈ディスペンセーション主義の歴史的変遷〉を終了いたします。

引用・参考文献

  1. Chafer, Lewis S., Major Bible Themes, Revised ed. (Grand Rapids: Zondervan, 1974[1926])
  2. Fruchtenbaum, Arnold G., Israelology: The Missing Link in Systematic Theology, Revised ed. (Tustin, CA: Ariel Ministries, 1992)
  3. Hannah, John D., An Uncommon Union: Dallas Theological Seminary and American Evangelicalism, Kindle ed. (Grand Rapids: Zondervan, 2009)
  4. Ice, Thomas D., “A Short History of Dispensationalism,” Article Archives (Liberty University, 2009), Paper 37.
  5. Id., “What is Dispensationalism?,” Article Archives (Liberty University, 2009), Paper 71.
  6. Id., “The Wolvoord Legacy,” Article Archives (Liberty University, 2009), Paper 88.
  7. Ryrie, Charles C., Dispensationalism (Chicago: Moody Publishers, 1995)
  8. Sizer, Stephen R., “Christian Zionism: Justifying Apartheid in the Name of God,” Churchman, 115:2 (2000), pp. 147-171.
  9. Id., Christian Zionism: Road-map to Armageddon? (Leicester: Inter-Varsity Press, 2004)
  10. Vlach, Michael J., Has the Church Replaced Israel?: A Theological Evaluation (Nashville, Tennessee: B&H Publishing, 2010)
  11. 青木保憲「EvangelicalsとFundamentalistの用語における歴史的考察」『福音主義神学』第45号(日本福音主義神学会、2014年)121–142頁
  12. 安黒務「『福音主義イスラエル論』─神学的・社会学視点からの一考察─」『福音主義神学』第45号(日本福音主義神学会、2014年)99–119頁
  13. 宇田進『福音主義キリスト教福音派』(いのちのことば社、1984年)
  14. エリクソン、ミラード・J『キリスト教神学』第4巻、森谷正志訳、宇田進監修(いのちのことば社、2006年)
  15. 岡山英雄「患難期と教会(黙示録の終末論)」『福音主義神学』第31号(日本福音主義神学会、2000年)33–48頁
  16. ゴンサレス、フスト『キリスト教史』下巻、石田学、岩橋常久共訳(新教出版社、2003年)
  17. ゴンサレス『キリスト教神学基本用語集』鈴木浩訳(教文館、2010年)
  18. 中川健一『エルサレムのために祈れ─続ユダヤ入門─』(ハーベスト・タイム・ミニストリーズ出版部、1993年)
  19. マクグラスアリスター・E『キリスト教の将来と福音主義』島田福安訳(いのちのことば社、1995年)
  20. マクグラスキリスト教神学入門』神代真砂実訳(教文館、2002年)
  21. メンジーズ、ウィリアム・W=ロバート・P・メンジーズ『聖霊と力─ペンテコステ体験の基盤』吉原博克訳(地引網出版、2014年)
  22. ラッド、ジョージ・エルドン『新約聖書と批評学』榊原康夫、吉田隆共訳(いのちのことば社、2014年)
  23. ラッド『終末論』安黒務訳(いのちのことば社、2015年)

*1:Vlach (2010: 19-24)が主張するように、〈イスラエルの民族的回復〉と〈イスラエルの民族的救済〉は異なる概念である。前者は〈イスラエル民族(あるいは国家)が神の計画の中で再びその固有の役割を果たすよう回復されること〉を指す。一方で、後者は〈イスラエルが民族として(あるいは民族の大部分が)イエス・キリストを信じ救済されること〉を指す。ディスペンセーション主義以外の神学的立場ではロマ9-11章などを根拠に〈民族的救済〉は受け入れつつも、〈民族的回復〉という概念は否定されていることが多い。関連記事として「福音派のイスラエル理解(1)メインストリーム編」および「(2)ディスペンセーション主義編」を参照。

*2:現在〈ディスペンセーション主義〉というときに連想されるのは、ほとんどの場合スコフィールドやシェイファーによって発展させられたディスペンセーション主義である。この形のものはしばしば「古典的ディスペンセーション主義」と呼称される。

*3:ゴンサレス(2010:119-120)、マクグラス(2002:147-152)および宇田(1984:125-132)によって近代のプロテスタント神学における自由主義の構想が要約されている。

*4:各ディスペンセーションの特徴に関する具体的説明については、Chafer (1974[1926]: 129-137)、Ryrie (1995: 58-65)およびShowers (1990: 33-49)に詳しい。またハーベスト・タイム・ミニストリーズの「第6回再臨待望聖会」では、ディスペンセーション主義を採用するメシアニック・ジューであるモッテル・バルストンにより、このディスペンセーション区分に基づいた救済史に関する講演が実施された。

*5:スコフィールドは当初ギリシャoikonomiaの意味ではなく、救済史の様相に基づいてディスペンセーションという用語自体に「(歴史における)ある期間」という概念を取り入れていた。しかしoikonomia自体は「期間」という概念を含まないことから、シェーファーはギリシャ語の意味と聖書における使用法に基づき、このディスペンセーション理解を修正した(Fruchtenbaum 1992: 319-320)。
 聖書におけるoikonomiaの使用法に基づいたディスペンセーション主義者による〈ディスペンセーション〉の定義については、本シリーズ第3回を参照。

*6:岡山(2000:38)およびIce (2009, 88)参照。契約主義千年期前再臨説の立場であり患難期後携挙説を採用する岡山は、この論争の結果を示した上で、患難期前携挙説が釈義的に成立しないと結論づけている。一方でアイスのようにウォルヴォードから影響を受けたディスペンセーション主義者は、ウォルヴォードの主張に基づいて患難期前携挙説が成立するものと考えている。
 なお、患難期前携挙説に関する参考資料については本シリーズ「はじめに」の脚注2を参照。

*7:この著作が1995年に改訂されたものが、本シリーズで土台としている『Dispensationalism』である。

*8:ディスペンセーション主義とクリスチャンシオニズムの親和性およびその根拠についてはSizer (2004: 42-55; 66-80)およびFruchtenbaum (1992: 494-499)を参照。また、Sizer (2004: 96-103)はクリスチャンシオニズムにおけるディスペンセーション主義が果たした役割についての観察を試みている。

*9:Evangelicalsとfundamentalistという言葉が分けて使われる場合、前者は福音派、後者は根本主義者と区別されることが多い。この点については青木(2014)に詳しく紹介されている。