軌跡と覚書

神学と文学を追いかけて

聖書を読む楽しさ─おすすめブログのご紹介

聖書を読むのは楽しい。私も楽しいからこそこの本を読んでおり、楽しいからこそ、そこに書かれている内容をもっとよく理解したい! と「リサーチ」し続けている。いつもブログで扱っているマニアックなテーマというのは、そういうリサーチから派生した、副次的なものなのだ。

最近、その聖書の楽しさをとてもよく伝えてくれるブログがあったので、ここでご紹介させていただきたい。
(関連して、私がクリスチャンになったきっかけなんかもちょろっと。)

yeshua.hatenablog.com

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上でご紹介したのは、同世代の友人のブログ「週間イエス」の最新2記事だ。彼は大変忙しい人(だと思うの)だが、タイトルの通り「毎週水曜日更新予定」とのことで、そのバイタリティには感服するばかりである。

私のブログの内容はかなりマニアックなものだが、こういう突っ込んだことをネット上でアップしておくことも大切だろうと思うからこのマニアックさを貫いている。でも時には、自分でも頭でっかちすぎるなぁと反省する記事もある。

「週間イエス」では、クリスチャンにとって(または、キリスト教に関心のある方にとって)すごく身近で、すごく大切なテーマをいつも扱ってくれている。考えさせられる記事も多い。今回ご紹介の記事だけでなく、ブログ自体がとってもおすすめである。

いつもそのテーマ、内容から「うわあ、してやられた!」と思うことが多いのだが、今回ご紹介した2つの記事は、まさに「してやられた!」と思った記事だった。笑

そもそも私がクリスチャンになったきっかけが、聖書を読むのが楽しかったからだった。キリスト教系の中学に入ったことで手にするようになった聖書。歴史が好きで伝記ものもよく読んでいた私は、教科書に出てきた「聖書」とはどんなもんなのか、「イエス・キリスト」とはどんな人だったのだろうかと興味を持ち、「イエスの伝記」としてマタイによる福音書から読み始めた。意味が分からなかった。でも、イエスの人柄に心惹かれるものがあった。大層なこと話してるのに、偉ぶってる感じがしない。すごく厳しいのに、すごく優しい。雄弁なのに、逮捕されてからはほとんど語らず死に向かっていく。そして、唐突な復活……。

続くマルコ、ルカは、正直我慢しながら読んだ感じだった。「なんで同じことばっか書いてあるんだろう」と思いつつ。でも同じ内容にくり返し触れていくうち、心に引っかかったイエスの姿がだんだん大きくなっていった。そして、ヨハネによる福音書である。相変わらず意味は解らなかったが、なぜかヨハネの書くイエスはすごく生々しく感じた。

それからまたマタイに戻り、何度も何度も、4福音書だけをくり返し読んだ。くり返し読む度にイエスは生き生きとしてきて、イエスの魅力が増していった。そして読む度に、イエスを取り巻く人々のドラマにも心惹かれていった。そうやって福音書の伝記以上の面白さに魅せられていくうち、私はいつの間にか、このイエスの復活が本当だったこと、そのイエスは今も生きておられるのだと信じるようになっていた。クリスチャンとしての信仰を与えられることになった第一歩は、まさしく聖書の面白さに気づいたところからだった。

学生時分、クリスチャン大学生のサークルでグループ聖書研究に参加する機会はもちろん、聖書研究自体をリードさせていただく機会を何度もいただいた。聖書を読む大切さを伝えようとしながら頑張ったつもりだったし、参加者にとって聖書を読むのが楽しくなるきっかけになるよう勤しんだつもりだったが、正直いうと空回りしてたなぁと今は思う。そういえば、同じサークルにいた友人に、私の聖書の読み方が「ねちっこい」と揶揄されたこともあった(笑)。その時は別に悪い意味でそう言われたのではなかったが、でもこのねちっこさが空回りの要因になっていたのは確かだ。それに読み方がねちっこいだけならまだいいが、ねちっこさで聖書研究の約1時間半を覆ってしまったようなこともあった。思い出すと赤面して叫び出したくなるような記憶のひとつだ。

そもそも、人を御言葉に親しませるのは神ご自身の力によるのであって、またその人自身が聖書に親しんでもらわない限りは適わない。そこを忘れていたことも、空回りの要因だった。

本当は、私自身が聖書を読むことによって変えられていることをお示しするのが良いイントロになるのだろうが、お恥ずかしいことにその点全然自信がない。でも同時に、これは伝道と一緒で、態度だけでなく言葉でもお伝えしていかなきゃならないと思っている。しかし分かりやすく魅力的な言葉遣いというのはどうも苦手だ。(文学好きなのに。)

そこで、最初にご紹介した記事である。聖書を読む楽しさ、大切さが、分かりやすい言葉で、聖書の言葉そのものもたくさん引き出しながら伝えられている。聖書を読む楽しさを伝えたいと思った時、もちろん自分の言葉で伝えるよう努めはするが、でも「これ読んでみて!」といえる記事があるというのはとても喜ばしいことである。4つのポイントでまとめてくれているのもありがたい。

聖書は、あなたの人生を豊かにする。聖書は、あなたにいのちを与える。聖書は、あなたに希望を与える。聖書を、ぜひ読んでみようではないか。 <聖書を読むのを勧める4つの理由> 1:聖書から「義」について学べる 2:聖書から「イエス」について学べる 3:聖書から「自分の心の思い」を吟味できる 4:聖書から「他人の発言」を吟味できる

【提起】聖書を読むのが大切な4つの理由 - 週刊イエス

また、ぜひとも聖書を読んでほしいと思いつつ、そういう話をすると「でも聖書は難しくって、どうやって読んだらいいのか分からない」と返ってくることが多かった。これは、聖書に興味はありつつも読み進められないという方々には、大変に大きなハードルなのだと思う。それで「聖書の読み方」を伝えようと四苦八苦したこともあった。うまくいったかどうかはともかく。

2番目の記事「おすすめの聖書の読み方4選!」は、そんな聖書の読み方を伝えるときにも「これ読んで!」とおすすめできる記事である。

特に、聖書研究をリードされる方には、記事の後半「▼読み方4:じっくり研究型1<SOAP>」と「▼読み方4:じっくり研究型2<IBS>」をぜひとも読んでいただきたい。

グループ聖書研究をリードしてみると、リードする自分自身がどれだけ聖書の言葉を読んでいるかを問われ、落ち込む経験をしたことも少なくなかった。分からないところをみんなで考えてみると新たな発見があったりする。でもいざリードという役目を負ってみると、自分である程度の理解を得ておかないと、その場を導いていくことすら難しいのだと気づく。自分にできる範囲でいいのだが、なるべく事前に聖書箇所を読んで、準備しておくに越したことはない。

しかしどう準備すればいいのだろう? どう読んでおけばいいのだろう? という時、上記の2つの読み方の紹介を見て、試しに実践してみるのはとても役に立つ。

まず「聖書の言葉」をじっくりと読む。その上で、読んだ言葉を、じっくり「観察」する。この「観察」のプロセスが最も大切である。聖書の言葉を読むだけでなく、観察しまくる。キーワードは何か。この章にタイトルをつけるとしたら何か。代名詞は何を指すか。特定の用語は何回用いられているか。同じ表現は聖書の他の部分に出てくるだろうか。動詞は自動詞か他動詞か、受け身か、etc・・・高等教育を受けた人なら、「現代文」のやり方と言えばピンとくるだろうか。

【提起】おすすめの聖書の読み方4選! - 週刊イエス

もう一つが、IBS(Inductive Bible Study)というやり方である。日本語では「帰納的聖書の学び」と言われるが、何のこっちゃ分からない。カンタンに言えば、「聖書から聖書を学ぶ」という意味である。つまり、何かテキストとか、他のものを使わず、聖書の言葉そのものから、その内容を理解しようとするやり方である。先に挙げた「SOAP」と似ているが、IBSの基本的なやり方を紹介する。

【提起】おすすめの聖書の読み方4選! - 週刊イエス

なので「おすすめの聖書の読み方4選!」の記事は、個人で聖書をもっとじっくり読みたい!という方にももちろん、グループ聖書研究を導く役目を持っておられる方には、教科書としてもらいたいくらいにオススメだ!